人から人へ繋がれていく夢の鉄路|「我、鉄路を拓かん」梶よう子 著

歴史小説

こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。
このブログは「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。

今回ご紹介する小説は、「我、鉄路を拓かん」梶よう子 著
描かれる人物は、「平野弥十郎(1823ー1889)

本作を一言にまとめると…

人から人へ繋がれていく夢の鉄路

鉄路は、この日の本中に網の目のように延びていくんだそうだ。これからの未来(さき)を拓く、万人のための大仕事なんだよ。その取っ掛かりが東京と横浜だ。おれたちが、その魁(さきがけ)になるんだ

梶よう子 著「我、鉄路を拓かん」P163

「我、鉄路を拓かん」はどんな本?

✓あらすじ
明治の初頭、日本初の鉄道建設でありながら、かつ世界初であった海の上に鉄道を走らせる鉄道建設プロジェクトにて、築堤(線路を敷くために海に築いた堤防)に携わった平野弥十郎の半生を描きます。人夫同士のいざこざに一枚岩になれない政府、周辺住民の反対活動に、厳しい雨・雪・風・海(波)の自然。多くの障害に阻まれながら、彼らは日本の国のために、男のロマンのために仕事をやり遂げた。明治初頭、日本で初めての鉄道が、いや世界初の海の上を走る鉄道ができるまでを描きます。

✓舞台
江戸時代末期、1858年ごろから1872年の鉄道開業までの時間軸で、現在の品川―横浜沿線エリアが舞台です。現在では有数のターミナル駅ですが、品川は当時から人が多く権利関係が複雑な一方、横浜はまだ寒村であることが描かれます。また、現在では見られない”八ツ山”、今も一部残存している”御殿山”の地名も楽しめます。

✓気軽に読める度:★★★★★
専門用語は少なく、かつ時代言葉もわかりやすい言葉が多いため、すらすらと読みやすい作品です。また、300ページ程とそこまで長くないため、本格的な歴史お仕事小説をライトに読みたい人におすすめです。

本作を読んだ読書体験はあとがきに↓

「平野弥十郎」はこんな人

平野弥十郎は、幕末・明治維新という時代のうねりの中で、多くの商売に携わりながら新しいことに挑み続けた精力的な人物です。

平野弥十郎

江戸時代後期に下駄を扱う商家に生まれた弥十郎は20歳ほどで家を継いだ後に、30歳ごろに土木請負人(今でいう現場監督?)として再スタートします。商売を変えること自体、大いに勇気のいることですが、これが幸いし、次々と政府関連の事業を手掛けていきます。

その中の一つが本作で描かれる鉄道建設プロジェクト。詳細は割愛しますが、日本初の事業であり、大いなる挑戦の一つであったと思います。
本作終盤、乗客として初めて鉄道に乗った弥十郎の胸に去来した想いとは。ぜひ本作でお楽しみください。

ちなみに、鉄道建設後の弥十郎は56歳で北海道に渡ります。札幌移住、キリスト教の受洗など、住み慣れた東京を離れ、新天地で新しい生活を送ったようです。余談ですが、現在タレントとして活躍する「中川翔子さん」は、平野弥十郎の来孫(5代下)に当たるそうです。

おすすめポイント

少しずつ深まる団結と繋がっていく人の想い

課題山積の鉄道建設プロジェクトですが、弥十郎にとって深刻な問題は、”作業現場のいざこざ・不和”でした。こうした前代未聞のプロジェクトでは、経験豊富なベテラン世代と、新進気鋭の若手世代はどうしてもぶつかるもの。どちらも日本初の鉄道建設を成し遂げたい思いは同じなのに…。

厳しい自然環境や周囲の環境と戦いながら、彼らはこうした不和をどのように解決して仕事を成し遂げたのか。いつの時代も難しい、多くの人と関わりながら仕事を成し遂げることの醍醐味を味わえる作品です。

藤助さんよ、あんたはご一新がいい区切りだといった。でもよ、時ってのは、区切りなんざありゃしねえ。繋がり、途切れることなく流れていくんだぜ。あんたが、請負人として、培ってきたもんは、あんただけのものじゃねえんだよ。繋いでいかなきゃならねえ

梶よう子 著「我、鉄路を拓かん」P162

あとがき

幾多の困難を乗り越えて完成させた築堤は、明治末期以降の埋め立てにより利用されなくなり、2019年の品川駅改良工事にて遺構が発見されました。現在は海岸から距離もあり、当時の苦労は想像しにくいものの、今なお残る美しい築堤遺構が当時の職人たちの誇りを見せてくれます。

築堤を造った者たちの名前など、後世に残るわけではない。しかし、この二十四町の堤を眺めれば、蒸気車が走る姿を見れば、造った人夫、職人らの意地と矜持が自ずとわかるだろう

梶よう子 著「我、鉄路を拓かん」P296

こうした大規模なプロジェクトでは、案外、人間関係のような小さな問題が火種になるもの。ベテラン世代にとっては若手世代ならではの想いを、若手世代はベテラン世代の豊富な経験を、理解し合うことが重要と改めて気づかされます。
人を感動させるプロジェクトをやりたくば、目の前の人間とその感動や想いを共有すること。そんな仕事の基本の”き”でありながら、つい忘れてしまうことを改めて教えてくれる作品です。

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