為すべきことと渇望した夢の狭間で|「琉球建国記」矢野隆

歴史小説
つれづれ
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こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。このブログでは、実在した人物や出来事を題材にした小説を紹介しています。

今回は、矢野隆 著「琉球建国記」。描かれる人物は、15世紀の琉球で按司(現在で言う地方長官)に成り上がった「阿麻和利(生年不詳-1458)」。
本作のテーマを一言で言うと…

自分に与えれた能力(為すべきこと)と自分の夢とのギャップへの懊

俺がいるべき場所はここじゃない。その想いがずっとまとわりついてきた。そしてそれはいまも、そして赤との約束を果たしても、治まることはないだろうと思う

矢野隆「琉球建国記」P76

天から降ってきた英雄と称される阿麻和利。彼は按司に上り詰めながら、どこかでは違うもの欲していた。成すべきことと渇望した夢の狭間で懊悩した肝高きむたかの男「阿麻和利」を描く作品です。

おすすめポイントの前に…少しだけストーリーをご紹介

15世紀後半(1400年代後半)の琉球(現在の沖縄県)を舞台とした、本格的かつエンターテイメント要素の高い歴史小説です。ストーリーは勝連陣営の「氷角」と、琉球王国陣営の「金丸」の視点から進みます。カリスマとして勝連の民から絶大なる支持を得る「阿麻和利」に対し、後ろ暗くも現実的かつ冷徹に王への権力集中を図る「金丸」との闘いを描きます。

こんなかたにおすすめ

琉球という広く知られていない舞台であり、かつストーリーがわかりやすいため、歴史小説をあまり読まない初心者のかたから、いわゆる戦国時代や幕末に馴染みのある中級者のかたも新鮮な気持ちで楽しめる歴史小説です。

おすすめポイント・読みどころ

為すべきこと(能力)と渇望した夢(願望)

本作の主要な登場人物たちは、「なりたい者(願望)」と、「なるべき者(能力)」が異なります。

武の能力に長けながらも政治を理解し赤の跡継ぎになること求められる氷角、王の器量はないが欲だけは強い尚泰久、影の存在でありながら上に立つものには能力を求める耳目、身分の差がありながらも恋に落ちかける百度踏揚と鬼大城。普遍的なテーマである「誰もが持つ憧れ」と「あるべき姿」との狭間で懊悩する人間臭い姿が描かれます。

そして、大本命の”阿麻和利“。赤に担がれる形で勝連の按司となった彼は、その器からトップに立たざるを得ない運命でした。しかし、本当は違う人生を歩みたかったと思わせるシーンが幾度も出てきます。本当は自分がなりたかった別の人生を民や氷角に重ね、託した阿麻和利は、どんな人生を夢見ていたのでしょうか。

「赤は俺を希望だと言ってくれた。その俺の希望はお前だ氷角」

矢野隆「琉球建国記」P403

渇望した夢があったにも関わらず与えられた器のために、本意ではない人生を強いられた。しかし、その役割を全うし、歴史に名を遺した阿麻和利の生き様を存分に堪能できる小説です。

阿麻和利と金丸の世

解説と被るため詳細は割愛しますが、カリスマによる統治の典型例である中性的な支配体系の阿麻和利と、制度設計に重きを置いた近代的な金丸の治世。「熱狂的でありながら脆弱」と「退屈でありながら強固」のどちらの政治体制の方が望ましいのか。そのような文化・政治体制についても一考させられる点もあり、とエンターテイメント要素だけでない楽しみ方もできる作品です。

あとがき

琉球の歴史をよく知らない方は、本小説の読後に調べてみることをお勧めします。本作の中で生き残った彼らはこの後、どう生きたのか。「あっ」と驚くような新鮮な面白味が味わえます。
また、歴史は勝った方が遺していくものであるため、勝った方が正しかったと言えるのかもしれません。ただ、負けた側にも理想があり、敗者にも歴史や想いがあったことを、実際に生きた人物の生き様と共に感じることができます。歴史とは決して特別なものではなく、こうした人間臭い身近な人物たちが作り上げてきたのだと。そんな強いメッセージを感じられる作品です。

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