
つれづれ(@periodnovels)です。「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物・出来事をベースとした小説をご紹介しています。
失われゆく昭和の文化「キャバレー」
キャバレーとは、女性のホステスが客をもてなす接待飲食店のことで、昭和30-40年代に最盛期を迎えるも、後発のスナック・ディスコ・キャバクラなどにおされて、今では日本全国で10数店舗程度が営業するのみ。
今回ご紹介する小説は、そんな失われゆく「キャバレー」に生きた、名は残らずとも確かにそこにいた人々を描く 高殿円 著「グランドキャバレー」。
主人公は、恐らく架空の2人のホステス「不動のNo.1 真珠」と「型破りなNo.2 ルー」(もしかしたら、モデルがいるのかもしれません)。高度成長期から平成にいたるまで、変わり続ける世を力強くしなやかに生きた2人の女性とは。
ルーがグランドシャトーへやってきてはや五十年が過ぎた。この間、あらゆるものが変革を迎え、壊されてあるいは切り捨てられて消えていったが、それでもしぶとくこの世にへばりついてなくならないものもある。それがキャバレーだ。
高殿円 著「グランドシャトー」P12
「グランドシャトー」はどんな本?
✓あらすじ
太平洋戦争が終わってから18年後の昭和38年の大阪。社会は高度経済成長期に沸きながら、家に帰れなくなったルーは、No.1ホステス”真珠”と同居生活を送りながら、キャバレー「グランドシャトー」で働くことに。身の上を何も語らないミステリアスさから不動のNo.1の真珠と、型破りな発想でNo.2に上り詰めたルー。莫大な金と名声を得ながら、それでも彼女たちは2人でともに暮らし、キャバレーに明かりを灯し続けた。変わり続ける世の中で、それでも変わらない名もなき人を光で照らしてくれる一作。
✓読みやすさ ★★★★★
文庫本350ページとちょうどよく、かつ視点人物が「ルー」のみということもあり、とても読みやすい作品です。”真珠”のミステリアスさと、”ルー”の破天荒さのにくすっと笑いつつ、物語を読み進める手が、どんどんと加速していきます。いわゆる一般的な何かを成し遂げた人物を描く歴史小説ほど固くなく、市井に生きる一般の人を描いているため、誰もが共感して読める作品です。
おすすめポイント・読書体験
① キャバレー「グランドシャトー」が照らし出す光
② 「変化」を体現するルーと「不変」を体現する真珠
キャバレー「グランドシャトー」の光が照らし出す嘘と真
金さえあれば、大企業の役員から日雇いの浮浪者まで誰でも受け入れる。大きな舞台とフロアを持つキャバレー「グランシャトー」は、そんな店でした。
ホステスはもちろん源氏名、グランドシャトーにやってくる客の身の上も正確には分かりません。あくまでも、ここにいる客たちは “今、この瞬間” を楽しむためにキャバレーに来て、迎えるホステスたちも “今、この瞬間” のために客をもてなしていました。
つまり、このキャバレーに集う人々は、ある意味でみんなが「にせもの」でした。それでも客は「にせもの」しかないキャバレーに通い、ホステスは「にせもの」のキャバレーで売れることに夢を見る。
「にせもの」の光の中で、彼・彼女たちは何を探し、何を求めたのか。名は残らずとも確かにそこに生きた、この本を読む読者と何ら変わらない人々の人生が一つ目の見どころです。
「なんやえろう買うてくれて悪いけど、そういうのほんまめんどくさいねん。大体日の当たるとこちゃうやろ。にせもんの光の下や」
高殿円 著「グランドシャトー」P145
「そうや、にせもんや」
そういって、やぐらはステージのほうをあごで促した。
「そいでも、光や、ルー」
「変化」を体現するルーと「不変」を体現する真珠
不動のNo.1 真珠と型破りなNo.2 ルーは、長屋で仲良く暮らしながらも、生活スタイルは正反対。規則正しく毎日をコツコツと積み上げる”真珠”に対して、型破りなルーは競争心満々。様々な企画・イベントを思いついては実行して、人気を集めていきます。
順調に見えた2人のホステス生活ですが、この裏で人生の転機を迎えたルーは「グランドシャトー」を20年間にわたり離れることとなります。(ネタバレになるため詳細は割愛します)
6年間の同居生活の後、さらに20年間の時を経て真珠と再会したルーは、20年前と変わらぬ生活を続ける真珠を見て、2人は再び長屋での同居生活を再開します。
目まぐるしく変わる世の中。昨日と同じ明日が来ない社会。新しいナニカにが溢れかえり、古いものが死んでいく。それでも、変わらずに人が普遍的に求め続けるものとは何なのか。
真珠とルー。対照的な人生を送ったように見える2人から、今も昔も人が求めてやまないものを炙り出す作品です。
実際、本当の名前をしらなくても互いになんの不便もなかったし、何かして、万が一にも真珠に嫌われたくない。
高殿円 著「グランドシャトー」P269
相手がどう思うかまでは世慣れたルーであっても予測不可能である。だから探らない。今も昔もルーにとって大切なことは、いつだってひとつだけだった。
あとがき
本作の主題はキャバレーを描く作品ですが、いわゆる水商売を主題とする作品としては、底抜けに明るいことが印象的です。
本作で描かれるこうした「希望ある水商売」を描いた作品としては、朝井まかて 著「落花狼藉」がおすすめ。江戸時代初期に成立した「吉原遊郭」を設立した「庄司 甚右衛門(1575-1644)」と妻「花仍」が主人公。最後の一文が生み出す余韻が”極上”の一作です。よろしければ、こちらの記事ものぞいて行って下さい。