天才に挟まれた凡人”中間管理職”の生きる道 | 「義経じゃないほうの源平合戦」白蔵 盈太 著

歴史小説
つれづれ
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こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。

今回ご紹介する小説は、白蔵 盈太 著「義経じゃないほうの源平合戦」
描かれる人物は、「源範頼(1150-1193)

本作を一言でまとめると…

天才に挟まれた凡人”中間管理職”の生きる道

長きにわたる源平の戦いは、ついに源氏の勝利で幕を閉じた。しかし、私はいったい、この戦いで何を成し遂げたのだろうか。

白蔵 盈太 著「義経じゃないほうの源平合戦」P226

「義経じゃないほうの源平合戦」はどんな本?

✓あらすじ
時代:平安時代末期(1181年-1189年)
平安時代末期、平清盛によって興隆した平氏と源頼朝が率いる源氏が戦った源平合戦が舞台。頭は切れるが情のない兄:源頼朝と、軍事は天才も情に頼りすぎる弟:源義経の間に挟まれた、才能も情も中途半端な真ん中っこ:源範頼を主人公とする作品です。兄に怯え、弟に翻弄され、時に愚痴を吐き、時に涙しながら、誰よりも人間らしい”源範頼”はどう生きたのかを描きます。

✓気軽に読める度:★★★★
文庫300ページ弱、主な登場人物は7-8名と絞られているうえに、主人公:源範頼の視点から進むため、さくさくと読みやすい作品です。範頼への強い共感と、特徴的な軽妙なやり取りにくすっと笑わせられる作品です。(映画だと、まるで三谷幸喜監督作品のようなイメージです)

「源範頼」はこんな人

偉大な兄と天才の弟の狭間で懊悩する誰よりも人間らしい愛すべき凡人
※注:作中で取り上げられる人物像も含みます。

源範頼

源範頼は鎌倉幕府初代将軍「源頼朝」を兄に持ち、かつ戦の天才「源義経」を弟に持った真ん中っ子です。(父の源義朝が平家との戦いに敗れたため兄弟で一緒に育ったわけではなく、かつ母も異なる上に兄弟は9人いたとか)

具体的にいつごろから源頼朝の軍に参軍したかは定かではないようですが、1183年に勃発した野木宮合戦に援軍として参加したのが、歴史記録上は初の登場。

「義経じゃないほうの源平合戦」では1181年に頼朝陣営に参加するところから始まります。

源頼朝のもとへ参じた”範頼”は源義仲討伐の総大将に抜擢。義経や坂東武者と呼ばれる者たちを引き連れ、京へ進軍します。頼朝の名代でもある総大将”範頼”は、頼朝に叱られ、義経に助けられながら、義仲・平家討伐の任務を無事に完遂しました。加えて三河守(現:愛知県東半分の知事)に任命されるなど、頼朝から厚い信頼を受けた人物です。

ちなみに…本作は1189年までを描きますが、その4年後、源範頼はこの世を去ります。曾我兄弟の討ち入りで頼朝が死んだとの誤報が入った際、「後には自分(範頼)がいます」と周囲を安心させた一言が、頼朝に謀反の疑念を抱かせ罪人扱いとなったとか。信頼の厚かった範頼も、晩年は小さな一言が大きな勘違いを巻き起こした何とも寂しいものでした。(諸説あり)

おすすめポイント・読書体験

誰よりも人間らしい中間管理職”範頼”の悲哀

絶対的な兄:頼朝から任命され、天才の弟を部下として率いた範頼は、まさに中間管理職そのもの。しかし、源平合戦の中で頼朝からの信頼を無自覚に損ねてしまった義経は、ついに頼朝と対立します。

この時、しがない中間管理職でしかない範頼は、兄:頼朝に目を付けられたせいで、弟:義経を助けられない自分の能力不足に苛まれます。まるで、優秀な1人の部下によりチームの営業目標は達成したけど、その部下は些細なミスで左遷されそうな中間管理職といったところでしょうか。

こうした中間管理職の何とも言えない切なさが胸にくるものの、最後の最後で、どこか胸がすっと軽くなるラストで本作は締めくくられます。まるで、中間管理職の悲哀を成仏させるかのような読後感を味わえる作品です。

私は義経のために何ができるだろうか。
あいつには今まで、何度も助けてもらった。それなのに、あいつのために私がしてやれることといったら、悲しいくらいに何もない。

白蔵 盈太 著「義経じゃないほうの源平合戦」P243

凡人”範頼”が発揮した類稀なる能力

化け物じみた能力を持つ兄弟に挟まれた範頼は、作中ではあまり目立たず、才能も人情も中途半端な人物として描かれます。

しかし、本来彼が果たした能力は兵糧手配・適材適所の人員配置などの ”リスク管理” であり、戦後処理までを見通した “俯瞰する能力” でした。「武」が第一とされる時代に、あまりにも彼の能力は目立ちにくかったのです。

こうした能力の多様性は自分自身を凡人と自覚する人にとって、また馴染みにくい組織に属す人にとって、他の場所なら自分の能力が開花するかもしれないと先々を明るく照らしてくれるのではないでしょうか。

龍にしかできぬこと――それはきっと、目先の戦いの勝敗だけでなく、その戦の先に何があるかまでを考えたうえで、進むか退くかを考えることではなかろうか。勝てないなら勝てないなりに、その次につながる戦い方をしよう――

白蔵 盈太 著「義経じゃないほうの源平合戦」P121

あとがき

本作は範頼のように重責ある中間管理職を救い出してくれる一方、プレイヤーとしての能力が高い社員(作中の義経)への警鐘でもあります。それは「コミュニケーションを甘く見るな」ということ。この点は範頼の方が圧倒的に優れていたのです。

たしかに以心伝心は美しい。だが、その美しい関係を保つためには、以心伝心とはほど遠い面倒なやり取りを、日頃から地道に積み重ねなければならないのだ。

白蔵 盈太 著「義経じゃないほうの源平合戦」P167

何か一つの能力が秀でていても評価されるとは限らず、秀でた能力は無くとも重宝される人間もいる。頼朝・範頼・義経ら3人からそんな世の無常さと面白さの両方を味わい、改めて自分の生き方を自問自答させられる作品です。

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