逆境の中で信念を貫き続けた女性|「チーム・オベリベリ」乃南アサ 著

歴史小説

こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。
このブログは「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。

今回ご紹介する小説は、乃南アサ 著「チーム・オベリベリ」
描かれる人物は、”十勝開拓の母” “帯広教育の母” ”女性入植者のさきがけ”とも呼ばれる
「渡辺 カネ(1859-1945)」
本作のテーマを一言にまとめると…

苦難続きの逆境の中でも、信念を持ち凛とあり続けた人の姿とは

そう。私には、こういう言葉を操る過去があった。祈りと教育だけに向かっていた時代があった。そして、すべての経験を背負って、今、このオベリベリにいる。

乃南アサ 著「チーム・オベリベリ」下巻P429

士族の娘で花開いた文明の最先端にいた渡辺カネは、1度会っただけの渡辺勝へ嫁いだことで、手紙すら届かない原野に渡ります。困窮に喘ぎ将来が見えない中で、彼女はそれでもある信念を持って凛とあろうとした。
チートも無ければ一発逆転もない、ただ日々を積み上げていった知られざる女性の生涯を描きます。先行きが見えずとも、それでも自分が選んだ場所ならば、そこで強く生きていこうと、日々の生活にそっと希望を芽生えさせてくれる作品です。

おすすめポイントの前に簡単にあらすじを…

主人公
当時未開の地であった「オベリベリ(現:北海道帯広市)」を開拓する”晩成社”の3幹部(依田勉三・鈴木銃太郎・渡辺勝)のうち、鈴木銃太郎の妹であり渡辺勝に嫁いだ渡辺カネを主人公とした作品です。(もちろん全員、実在の人物です。)

▶舞台
この開拓するべき地「オベリベリ」を中心に、開拓を開始する1880年(明治維新から約10年後)から約10年間ほどの時間軸を描きます。

3幹部を裏から支え続けながら、誰よりも「教育」の信念を貫いた渡辺カネの視点から、「オベリベリ」開拓当初の苦闘を描き出します。

渡辺カネ(旧姓:鈴木カネ)は、こんな人

✓誰もが心折れそうになる中、信念を決して忘れずに日々を積み上げた努力の人
※あくまでも作中で描かれる人物像を書きだしたものです。

どんな天候に見舞われても、飢えても、焼かれても、何度でも立ち上がり、ただひたすら日々を過ごさなければならない。前に進んでいると信じ続けて。これが開拓。

乃南アサ 著「チーム・オベリベリ」上巻P238

士族の娘で、当時珍しい学校に通い一時期は教壇に立ちながらも、渡辺勝に会い嫁ぐことを決めるや、手紙すら届かない未開に地「オベリベリ」に渡った渡辺カネ。想像以上にオベリベリの自然は厳しく、どれだけ忙しく働いてもたった1日の災害ですべてがダメになり、借金ばかりが膨らんでいく。嫁いだはいいものの、普段いい夫の勝も酔うと怒りっぽい。そんな”今”を生きるのすら必死な環境から、将来は見えず、理想も霞んでいく。
そんな誰もの心が折れそうになる中ですが、20代前半に学校に通い、一時期は教師を務めたカネは、どれだけ未開の地であっても「教育は必要である」という信念を曲げずに生きていきます。苦しい日々でも、ささやかな幸せを見つけては凛と生きてゆくカネの姿が、読者の胸に刻まれていく作品です。

おすすめポイント・読みどころ

✓少しづつ変わってゆく夫:勝への想い

学校に通い教壇に立つなど、当時としては将来が明るく見えていた主人公の渡辺カネは、兄と父が北海道開拓へ行くこと聞くと漠然とした憧れを抱きます。そこにとどめをさしたのが渡辺勝でした。勝と出会い、あっさりと北海道行きの決意を固めたカネは、勝に会えるからと心躍らせながらオベリベリの地へたどり着くのです。

唯一の心の支えといったら、勝と会える、勝との暮らしを始められるという、その一点のみだ。それでも決して後悔しない。絶対に。

乃南アサ 著「チーム・オベリベリ」上巻P137

しかし自然厳しいオベリベリの地。開拓は想定ほどは全く進まず、開拓村の人口は減る一方。普段はいい夫の勝も、酔うと短気を起こしては、なかなかに腹の立つことを言うことも。そんな中、カネに娘が生まれ、守るべきものが出来たところから、カネは徐々に適応していきます。本作終盤、カネが勝に抱いた想いは、ある種の諦念でありながら、オベリベリで生きていく覚悟のようにも見えるのです。
美しくも厳しい自然の風景と共に、強くなっていくカネの心を一つ目の見どころです。

カネが持ち続けた「教育」への信念

カネは当時珍しい教師の経験があることからか、食うや食わずの状況であったとしても、誰よりも教育の必要性を感じていました。どれだけ疲れていても、村の子供たちを狭い自分の家に呼び、読み書きを教えるカネは次第に「先生」と呼ばれることに。本作終盤で、カネはこう(↓)語ります。時間がかかる教育という事業の大切さを感じていたカネは、誰よりも晩成社の由来である大器晩成の意味を分かっていたのではないかと思います。

どんなところにいても、子どもたちには等しく学ぶ機会を与え続けたいというのが、私の一つの信念でもございました。

乃南アサ 著「チーム・オベリベリ」下巻P368

✓オベリベリ開拓の苦闘の中で、ふと立ち止まり振り返ってみることの大切さ

最後に何にもまして壮絶なオベリベリ開拓の日々です。霜がひとたび出ればその年の収穫はゼロ。バッタに襲われることや水害や火災に見舞われることも。しかも1年の半分は雪に覆われる世界。こうした中でも、日々汗を垂らしては働き生き抜いていく人々の力強さに自然と頭が下がります。
現代人の我々も、日々に忙殺されるとつい”今”しか見えなくなる時があります。そんなときに、ぜひ読んでほしい印象的なシーンを最後にご紹介します。

”今”しか見えてないからこそ、先ではなく一度立ち止まり振り返ってみる。そうすれば、積み上げてきた何かが自分の歩んできた道に実っているのだと、少し心に余裕を与えてくれるのではないでしょうか。

せんの手を引いて、のんびりと歩く。果てしなく広がる空には入道雲が湧き、辺りから夏の虫がの音が波のように聞こえていた。踏み固めただけのような小道の先を、きれいに光る小さなトカゲが横切っていく。遠くに見えるハルニレの木が、ゆったりと風に歯をそよがせているのが、いかにも心地よさそうだ。以前はひたすら蘆の原だった。それがこうして次第に風景を変えて、兄上の家も遠くから見渡せる。
これが、私たちのオベリベリ。私たちが開いてきた景色。

乃南アサ 著「チーム・オベリベリ」下巻P226

あとがき

本作は渡辺カネの20代を描いた作品ですが、その後、カネは実に60年ほど生き抜き、太平洋戦争の終戦後、1945年12月に亡くなります。江戸時代に生まれ、帯広の開拓・発展を見届けたカネは、その晩年にどのような感慨を持っていたのでしょうか。

誰もが人生のどこかで行き詰まりを覚えたり、焦燥感を覚える時期があるのだと思います。それでも日々のささやかな幸せを見つけては、自分の選んだ生き方を貫いていく。その難しさと尊さを、噛みしめ味わえる作品です。

関連作品

✓北海道開拓が舞台の作品

「熱源」川越宗一 著
主な舞台は樺太のため異なりますが、冒頭で出てくる対雁村(現:北海道江別市)は北海道です。また、冒頭の時代はほとんど同じ(10年前後の差)です。「熱源」は日本とロシアの狭間で翻弄された樺太アイヌの生き様を描きます。樺太アイヌの「ヤヨマネクフ」、ロシアに祖国を奪われたポーランド人「ピウスツキ」を描く超大作です。

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