感情を持つ1人の人間が全うする立憲君主のあるべき姿とは|「昭和天皇の声」中路啓太 著

歴史小説

こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。今回は、中路啓太 著「昭和天皇の声」
描かれる人物は、近現代の日本の大きな転換点で天皇の大役を務め上げた「昭和天皇(裕仁)(1901-1989)」。
本作のテーマを一言で言うと…

感情を持つ1人の人間が全うする立憲君主のあるべき姿とは

天皇はまた問うた。君主らしい声の出し方、話し方とはどのようなものであろうかと慎重に考えながら。

中路啓太 著「昭和天皇の声」P240

最高権威でありながら、誰よりも自身の意見を押し殺した人物の孤独な懊悩に迫ります。「どうせ自分のことなんて誰も分かってくれない、他人のことなんてわかりやしない」そんな心を優しく氷解させてくれるような作品です。

おすすめポイントの前に…あらすじを

本作は、昭和前期(1930年代後半から1945年の終戦まで)を主な舞台に、5作の短編により構成された作品です。前半3作では政治的事件を軸に時代背景が説明され、3作目・4作目に移るにつれ、昭和天皇の内面の一端と天皇の存在意義に触れられます。そして、5作目でついに昭和天皇その人に迫っていきます。各短編の主人公に対する「昭和天皇の声」とはいかに――。

また、昭和前期の時代背景をわかりやすくするため、一文だけ引用します。

国内の貧富の格差や、外国との軋轢など、国家的難題をテロリズムによって解決しようという、過激分子の行動が活発化していた時代であった。

中路啓太 著「昭和天皇の声」P59

こんなかたにおすすめ

✓自身の立場とその裁量の不均衡さを感じている
✓自分の立場にいる人間の”あるべき姿”に悩んでいる

主人公の昭和天皇は、ある意味で最高権威にありながら、最もその行動や意見の表明が制限された人物でした。時にはその自分の裁量に悲憤を覚え、時に自身の立場を逸しかねない行動をしながらも、立憲君主としてのあり方を体現していきます。
ある意味で、出世を重ねることで孤独になる一般社会と重なるところがあるのではないでしょうか。自分の立場を起点に孤独を感じ、悩む人にこそ読んでいただきたい作品です。
国難が襲い来る時代に、立憲君主のあるべき姿を孤独な懊悩で見出した比類なき人物の生き様を、その姿を崩さずに味わえる名作です。

おすすめポイント・読みどころ

昭和天皇の孤独な懊悩

昭和天皇は、天皇の在り方が大きく変わったとされる近代から現代にかけて天皇を務め上げた人物です。近代で最も国難に見舞われた時代に、権力の頂点たる専制君主でなく、憲法の下、形式上でのみ政治に関わる立憲君主として行動や発言が制限される中、あるべき姿を自分自身へ問い続けた昭和天皇の生き様を描きます。
また、生涯で唯一「自由」を味わった皇太子時代の欧州外遊。この時に受け取った”地下鉄の切符”がもたらした自由。解説にもありますが、立憲君主であればこそ、色がついてはいけない人物の心の一端を、中路啓太氏はどのように描き出したのか。

この笑顔の眩しさは、深い、深い諦念に裏打ちされた覚悟のせいか――。

中路啓太 著「昭和天皇の声」P256

戦前の昭和史を知る

歴史小説で取り上げられる舞台は戦国・幕末が多いですが、本作は昭和の前半期を、太平洋戦争を中心に据えずに描いた珍しい作品です。既に戦後から77年が経ち当時を知る人も少なくなる中、現代からすると狂気を帯びているようにも見える昭和の前半期とはどのような時代であったのか。現代と地続きであるからこそ、現代を生きる人々にぜひ読んでほしい作品です。

政党政治家たちは、農村部を中心にひろがる深刻な不況や、満州事変後の現地の混乱、国際関係の悪化などへの対策はそっちのけで、財閥と手を結び、私腹を肥やすことばかりに執心している。そのような憤りを抱いていた国民の目には、テロリストたちは英雄と映ったのである。

中路啓太 著「昭和天皇の声」P33

あとがき

ブログの著者(つれづれ)は20代が終わろうとする年齢ですが、正直、昭和の時代は昔のことと感じてしまいます。しかしながら、昭和天皇が崩御されたのは私が生まれるほんの数年前。祖父母らも生き抜いた時代であること改めて考えると、やはり歴史は地続きであるとロマンを感じます。この時代を生き切った人々の想いを、静かな熱を帯びながら厳かに描き出す。そんな作品のような気がします。

タイトルとURLをコピーしました