
つれづれ(@periodnovels)です。このブログでは、実在した人物や出来事を描く小説を紹介しています。
「主従を越えた最強のふたり」
過去に当ブログでご紹介した村木嵐 著「まいまいつぶろ」を紹介した際のタイトルに選んだ言葉です。今回ご紹介する作品は、本作を補完する作品である村木嵐 著「まいまいつぶろ 御庭番耳目抄」。
障害により口のきけない将軍と、唯一その言葉を理解する後ろ盾のない小姓。多くのしがらみを抱えながらも歩み続けて最強のふたりとなった彼らを、周囲はいかにして理解し、そして寄り添おうとしたのか。
※若干紛らわしいため、本記事内では「まいまいつぶろ」を”本編“、「まいまいつぶろ 御庭番耳目抄」を”本作“と呼称します。
「まいまいつぶろ 御庭番耳目抄」はどんな本?
✓ あらすじ
江戸幕府 中興の祖:徳川吉宗の長男ながら、生まれつきの障害により、会話・筆談が難しい徳川家重。彼は14歳にして、初めて自身の言葉を理解する小禄の武士:大岡忠光と出会う。忠光以外は家重の言葉が分からぬからこそ、容赦のない周囲からの侮り・疑い・嫉妬の目。そんな味方の少ない彼らにも、最強のふたりとなることを期待した人たちがいた。決して歴史には残らない、彼らを将軍へ押し上げた人たちの心を描きます。
✓読みやすさ ★★★★☆
本作単体でも十分に楽しめることは間違いありません。が!まずは本編にあたる「まいまいつぶろ」を読んでほしい作品です。本編同様ですが、家重と小姓:忠光のコミュニケ―ションははあくまで2人の間でしか分からないため、その世界観を壊さないよう物語は進んでいきます。また、一文一文の言葉が深く重いため、本編と本作を行き来しながら読み込みたい作品です。ゆっくりと時間をかけて読み込むほど、深みが2倍3倍になってゆく作品です。
全5章の主人公はどんな人?
本作は、本編の主人公である「徳川家重(1712-1761)」「大岡忠光(1709-1760)」を軸としながら、彼らの周囲を固める5名の人物たちを主軸に物語は進んでいきます。各章の主人公ともいえる3名を紹介します。
※正確には5名ですが、第4章:忠光の妻”志乃”は記録がなく、第5章:御庭番を務めた万里は創作上の人物のため割愛します。

①浄円院(家重の祖母 1655-1726)
祖父:徳川光貞が湯殿番をしていた浄円院に手をつけたとか。その後に授かった光貞の四男:吉宗が8代将軍となったことから、百姓出身の浄円院は63歳にして江戸城へ。ちなみに、身分の低い生まれだったためか、生涯にわたり質素な暮らしをしていたとされています。
②松平乗邑(吉宗の懐刀 1686-1746)
戦国時代から徳川家康に仕えていた大給松平家の10代目として誕生、37歳にして老中となった以後、20余年にわたり8代将軍:吉宗とともに改革を断行。作中にも描かれるとおり、老中軽視の政治に反抗する立場を一貫して取った人物とされています。
③徳川家治(家重の嫡男 1737-1786)
9代将軍:家重の嫡男として生まれ、本作に描かれる通り幼い頃から聡明な人物だったとされています。父の没後に10代将軍に就くも、徐々に田沼意次に政治を任せていき、次第に趣味に没頭するようになってしまったとか…。
おすすめポイント・読書体験
役割のある人間が持たざるを得ない”言葉の重み”
家重は自らが発する言葉を誰にも理解してもらえなかったからこそ、ある意味で好き勝手なことが言えました。しかし、言葉を理解する大岡忠光と出会ったことで、彼らの発する言葉は途方もなく重いものに変わります。なぜなら、1人1人では弱い家重と忠光は、何気ない言動が誰かの嫉妬や政略の目にかかった途端に将軍の座から陥落してしまう可能性があるからです。
しかし、実は本作の登場人物たちは何らかの形で似たしがらみを持っています。代表的な人物は、ある意味本作の主人公でもある御庭番:万里(青名半四郎)。本作唯一といっていい創作上の人物ですが、彼こそが家重・忠光の2人と彼らの周囲を取り巻く人々との繋ぎを担います。
※御庭番…主に江戸城内における将軍直下の諜報部隊
御庭番はあくまで裏の務めであって、8代将軍:吉宗(家重の父)しか知らぬこと。そのため、万里は見知っていることは多くとも、表の務めで見知ったこと以外は話すことはできない。まるで、頭脳は聡明なのに障害のせいで意志を伝えることができない家重のように。
本作の登場人物は徳川将軍家に関わる人々ばかり。大なり小なり地位や役割を担っているからこそ、全てをさらけ出した直接的なコミュニケーションはどうしてもできない。それでも、相手を気遣い、コミュニケーションを丁寧に重ねてゆく登場人物たち1人1人の覚悟と姿が、本作の読書ポイントです。
「家治。言葉とは歩き始めればなかなか止めることはできぬものだ。まして私のような者には先回りしてその道を塞ぐことなど、到底できることではない。ならば、私がすべきは、子とあに負けぬように歩くことだ」
「まいまいつぶろ 御庭番耳目抄」村木嵐著
あとがき
いつも関連するおすすめ本を紹介するこのコーナー。本作についてはまずは本編にあたる村木嵐著「まいまいつぶろ」を読んでほしいです!(しつこいですが、再掲します笑)
そして、もう一つ。個人的に生き様がグッときた人物が一人。本編ではまさに”悪役”という感じでしたが、本作では一転して印象が大きく変わった老中:松平乗邑です。たとえ自身の地位を失う可能性があろうとも「忠臣としての責任と覚悟」を体現した人物として描かれます。
このテーマに関連する作品としておすすめなのが、佐藤巖太郎著「伊達女」。自らの人生を犠牲にしてでも、伊達家のために働いた5人の女性たちを描く作品です。