
つれづれ(@periodnovels)です。少しでも歴史小説を盛り上げたい!と、実在した人物・出来事をベースとした小説をご紹介しています。
さかのぼること約150年前、東京都上野で勃発した「上野戦争」
今回、ご紹介する作品は、上野戦争で江戸幕府方として戦った「彰義隊」を描く、梶よう子 著「雨露(うろ)」。
描かれる人物は、彰義隊隊士として戦った後、浮世絵師として活動した「小島勝美(別名:小山勝美?、号:東洲勝月 / 1849-1895?)」。※本記事内では、作中の小山勝美を正式名称とします。
雨露のごとく散っていく若き隊士たちは、確かにそこで生きていた。雨露のように消し去ってはならない彼らの生きた姿とは。
「あきらかにするという意味の彰ではどうでしょうか。義を彰かにする隊と」
梶よう子著「雨露」P75
「雨露(うろ)」はどんな本?
✓あらすじ
武家に生まれた20歳の青年:小山勝美は、次男のため家を継げず、得意な絵描きで生計を立てようかと、ぼんやりと考えていた。そんな中、急に届いた幕府軍の敗報。臆病者で優柔不断な勝美は、兄の誘いで彰義隊の一員に。絵描きの師:芳近、多くの若き隊士たちとの交流により勝美は彰義隊にいる意味を自覚するも、その先にあったのはあまりにも厳しい現実だった――。
若き隊士たちは、なぜ無謀な戦いに身を投じたのか。そして、彼らは本当に時代の徒花だったのか。東京に変わりゆく “最期の江戸”を描く。
✓読みやすさ ★★★★★
単行本319ページと気負わずに読める長さ、時間の流れも基本的に1方向、視点人物も主人公のみのため、とても読みやすい作品です。特にポイントは、「小山勝美」の視点のみで物語が進むこと。詳細は後述しますが、本作は主人公が「小山勝美」でしか成りたたない作品となっています。なぜ勝美が主人公でならなければいけないのか、本作最後の一文でタイトル「雨露」に込められた意味を深く味わう作品です。
「小山勝美(小島勝美/号:東洲勝月」ってどんな人?
1849年(嘉永2年)、川越藩の右筆(書記)を務める武家の次男として小山勝美は生まれます。次男のため家を継げずに、得意な絵描きで生計を立てようかと思っていたころ、幕府軍が新政府軍に敗走したとの報に接し、兄に連れられる形で彰義隊に参加することに。
ここから「雨露」の物語は始まります。
作中にて彰義隊としての物語は描かれるため割愛しますが、後日談として…
小山勝美は、上野戦争後は辻似顔絵師として生計を立てながら、明治20年ごろより、「東洲勝月」の号を名乗る浮世絵師として活動。憲法発布、博覧会、国会議事堂などの浮世絵・錦絵を世に送り出し、46歳にてこの世を去ります。
ちなみに、作中最後に紹介されている「温古東錦正月十日諸侯上野霊廟へ参詣之図」はこちらです。

おすすめポイント・読書体験
雨露のごとく散る命と確かにそこに生きた人々
本作は彰義隊(江戸幕府側)と、新政府軍(薩長連合)の戦である上野戦争を、彰義隊側から描いた作品です。最新鋭の武器を保有する新政府軍 約1万に対し、彰義隊は約1,000人。誰もが教科書で習ったように、彰義隊の壊滅により上野戦争はたった半日で幕を閉じます。
その裏では、まるで雨露のごとく、たった半日で266名もの人命が失われました。
これだけを聞くと、敗北した彰義隊の大義・志に焦点を描く作品かと思いきや、本作は一味違います。なぜなら、本作の主人公は、大義・志を掲げる彰義隊の幹部ではなく、あくまでも1人の隊士でしかない「小山勝美」だからです。勝美は、大きな志や野望を持つどころか、人を率いるような器でもありませんでした。
しかし、絵を描くことが好きな一隊士でしかない彼だからこそ、残せたものがあります。それは、たとえ戦争で命を落とす運命であったとしても、”彼らは確かにそこに生きていた”という事実そのものです。
絵描きとして彼らの生きた日々を描きとめ、上下の関係ではなく、若き隊士たちの同輩として彼らと苦楽をともにした人物だからこそ、上野戦争で散った彼らは、確かにここで生きていたと訴えかけてくるのです。
江戸幕府最期の時。閃光のごとく輝いた彰義隊隊士たちの生きた姿が本作の見どころです。
薄桃色の桜が通りを美しく彩った。勝美は、花見に訪れた娘たちの中で笑う隊士の姿を画鋲に収めた。
梶よう子著「雨露」P247
頼られ、期待される心地よさに皆が酔っていた。桜吹雪の中、踊り、唄う。物狂いのような饗宴だった。
その翌日、激しい雨が降った。花散らしの雨だ。一晩降り続き、通りは敷物がしかれたように散った花弁で埋め尽くされた。 来年もこの花が見られるか、と花弁を踏み締め呟いた隊士は十六だといっていた。
あとがき
本作のテーマである、戦争が簡単に散らす人の命と確かにそこに生きた人々の営み。
類似するテーマを描いた作品としては、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」の一説で有名な平家物語ができるまでを描いた今村翔吾著「茜唄(上/下)」がおすすめ。滅びゆく平家を描いた平家物語は、誰が、誰のために編纂したのかを描きます。こちらもネタバレ厳禁で紹介していますので、よかったらのぞいていってください。