変わりゆく時代の中でも失わない家族の誇り|「幸村のむすめ」伊藤清美著

歴史小説

こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。
このブログは「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。

今回ご紹介する小説は、伊藤清美 著「幸村のむすめ」
描かれる人物は、「真田阿梅(1599ー1682)」

本作を一言にまとめると…

変わりゆく時代の中でも失わない家族の誇り

真田幸村のむすめ、梅にございます。
この白石の地までお連れいただき、この上なき幸せ、ありがたく御礼申し上げます

伊藤清美著「幸村のむすめ」P9

「幸村のむすめ」はどんな本?

✓あらすじ
大坂夏の陣で天下人 徳川家康を追い詰めた真田幸村(真田左衛門佐信繁)の三女として生まれた阿梅を主人公に、大坂夏の陣での父幸村の死後、白石の地で新しい人生を踏み出すまでを描きます。戦国時代最後の戦いである「大坂夏の陣の戦中・戦後」を舞台に、悲惨な戦争の描写と変わりゆく時代に必死に適応して生きていく人々の生き様が活写されます。

✓舞台
戦国時代の終焉から江戸時代初期にあたる大坂夏の陣(1615年)から片倉重綱(重長)の継室となる1636年ごろまでの時間軸で、現在の宮城県白石市を舞台とします。蔵王連峰など現在も変わらない美しい姿を見せる山々とともに、自然と対比されるかのように移り変わる時代を描きます。

✓気軽に読める度:★★★★★
単行本200ページ程度と文量はライトなうえに、主要な登場人物も少なく読みやすい作品です。また、女性ならではなのかご年配のかたならではなのか、言葉が胸に染み入るようなとても柔らかな文体が特徴的です。

梅の色をモチーフにしたかのような書影がとてもきれいです

本作を読んだ読書体験はあとがきに↓

「真田梅(阿梅)」はこんな人

真田梅は、よくも悪くも父 真田幸村の名前に振り回されながら生きた人物です。

1604年(1599年生まれ説が有力なようですが、本作では1604年説)に、真田幸村の娘として生まれました。当時、父の幸村は蟄居していたため、「阿梅」は兄弟姉妹・両親ともに穏やかな家族団らんの生活を送っていました。

しかし、「阿梅」は12歳にして戦国時代最後の戦い「大坂夏の陣」を迎えます。父真田幸村をはじめ、徳川の治世に馴染めない武士たちが徳川方と戦った凄惨な戦いで、父と兄は戦死し家族は離れ離れに。ただ、父はこの戦で「日の本一の兵(つわもの)」と呼ばれるまでに名を上げました。敵ながら天晴な戦いぶりに感銘を受け、「阿梅」は仙台藩伊達家の家臣片倉家に身を寄せることとなります。

片倉家に身を寄せた妹の阿菖蒲とともに、片倉重綱の正室 綾(本作ではお方さま)の許で成長した「阿梅」は、正室 綾の死に伴い片倉重綱の継室となり、83歳にてその生涯を閉じます。
敗軍のむすめとなった12歳の阿梅は、散り散りになった家族を想いながら、どのようにして新しい人生を踏み出したのか。胸が苦しくも同時に人の繋がりが胸を打つ本作をぜひ読んでみてください。

ちなみに、阿梅と前後して弟の大八も片倉家に身を寄せます。大八は長じて片倉盛信(一時は真田盛信/1612-1670)と名乗り、後の仙台真田家として現代まで血筋を繋いでいます。

おすすめポイント

✓変わりゆく時代に…自信を失いながらも誇りを胸に生き抜いていく人々

時は武から文治の時代へ必要な能力が変わっていった時代。本作では時代の流れに悩む人物は幾人も描かれますが、特に強く描かれるのは阿梅の夫となる「片倉重綱」。彼は武から政治の巧みさが求められる時代において、自分自身の能力不足に悩みます。

そんな夫を支えたのが、他ならぬ正室のお方さま(綾姫)とその後を継いだ「阿梅」です。お方さまは人質となり江戸へ入るや白石の産業を広め、阿梅は白石の地で特産品の生産を援けることで夫を、白石領内を支えていくのです。

たとえ時代が変われども、たとえ悲劇が訪れようとも、そして武士の身分でなくとも、変わりゆく時代の中で知恵を絞り必死で生きてゆく人々の姿を、ぜひ本作でお楽しみください。

ところで、阿梅さん、縫い針がなくなったんですってね? 乳母どのはうちに疑いをかけているようだけど、うちではありませんからね。阿梅さんはうちをどう思っているか分からないけれど、うちにも誇りがあります。そんな汚い真似はできないわ。誇りは名のある武将だけのものではありません。名もない女にも誇りはあるのよ

伊藤清美著「幸村のむすめ」P142

あとがき

本作は、変わりゆく時代に翻弄される人々家族愛を描いた作品です。くしくも幼少期の家族団らんが最後となった阿梅は、遠い白石の地で変わりゆく時代に翻弄される最愛の夫と出会い、助け合いながら生きていきます。そうしながらも、決して幼少期の家族愛は変わらずに胸にとどめ、晩年は両親の菩提を弔いながら過ごしたようです。

変わる時代の中で求められる能力が変わってゆくのはいつの時代も同じ事です。しかも、現代は仕事だけでなく家庭のありかたも大きく変わる時代。老若男女問わず、そうした時代に戸惑いながらも適応して生きていこうとする人の行く道を、柔らかな光で照らしてくれる作品です。

為すべきことを為すしかありませぬ。謙虚におのれを省みることができますれば、自ずと時代と息を合わせることがかなうのではないか、と

伊藤清美著「幸村ののむすめ」P90

関連作品

✓男も女も関係ない!激動の時代に大活躍した女性を描いた物語

①古川智映子著「家康の養女 満天姫の戦い」
「幸村のむすめ」と同時代を生きた徳川家康の姪にあたる満天姫の生涯を描きます。また、舞台も近く阿森健津軽地方が舞台となります。満天姫は江戸と津軽を行き来しましたので、もしかしたら満天姫と阿梅は史実でもすれ違ったことくらいはあるかも…? 作品は違えども歴史の面白さを感じれる作品です。

②赤神諒 著「妙麟」
こちらの舞台設定は戦国時代後期。舞台は九州大分県の鶴崎という地です。度重なる島津軍の襲来を何度も退けた九州のジャンヌダルク「吉岡妙林尼」を描きます。

③乃南アサ著「チーム・オベリベリ」
少し経路が変わり、舞台は明治時代初期、北海道十勝地方の開拓に乗り出した「渡辺カネ」の生涯を描きます。後に”十勝開拓の母” と呼ばれた女性が北海道開拓に乗り出した当初の苦闘を描き出します。

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