
こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。このブログでは、実在した人物・出来事をベースとした小説を紹介しています。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす…
誰もが一度は聞いたことがある平家物語の冒頭の文章です。この物語は、平家が滅亡した後に成立したと言われていますが、その時は平家を滅ぼした鎌倉幕府の絶頂期。この時代になぜ、敗者を描いた平家物語は生まれたのか。
今回ご紹介する小説は、この平家物語成立に至るまでの家族の絆を描く今村翔吾著「茜唄(上/下)」。描かれる人物は、源平合戦にて平家の頭脳として奮戦した「平知盛(1152-1185)」。
噎せ返るほど哀しく、憐れなほど美しいあの時代を、多くの者たちが懸命に駆け抜けたのだ。
今村翔吾 著「茜唄(上)」P208
――この物語は平家だけのものにあらず。
「茜唄(上/下)」はどんな本?
✓あらすじ
平安時代末期(1180/治承4年-1185/寿永4年)
平家が権勢を極めていた時代に生を受け、平清盛が最も愛した子・平知盛。平家が権勢の頂点から没落してゆく時代に、実質的な総大将として活躍した知盛はなぜ「平家物語」を作ったのか。滅びゆく平氏、仲間割れを起こす源氏、その中で綺羅星のごとく輝き散っていった男たち――。知盛が紡ぎ、この国に民に受け継がれていった平家物語とは、誰に何を託した物語だったのか。
✓読みやすさ:★★★★☆
単行本上下巻、それぞれ350ページずつと読み応えのある一作です。各章ごとに、平家物語の作者・語り手が、平家物語を伝授される側に口伝する形式で物語は進んでいきます。(伝授する側・される側の人物も徐々に明かされていきます)
唯一、読みにくいポイントとしては、とにかく平家一門の名前がややこしいところ…。親子・兄弟の関係に注目しながら、じっくりと読み進めたい作品です。
「平知盛」ってどんな人物?
貴族から武家へ、政治の転換期に世の在り方を問うた人物
※作中の人物像を含みます。

平清盛の四男として生まれた平知盛は、病弱であったためか、官位は兄弟と比較してもそれほど高くはありませんでした。しかし、兄:重盛(長男)、宗盛(三男)が朝廷に対して弱気であったこともあり、知盛は「入道相国(=平清盛)最愛の息子」と呼ばれ、徐々の平家一門の中でも「知将」として重んじられていきます。
この辺りから「茜唄」の物語は始まります。
父:清盛を亡くしてから平家の権勢は転げ落ちていきますが、京から都落ちした後も、武士としての固定観念にとらわれず、知略を巡らせ、源氏と戦い続けました。知盛なしで、平家はここまでしぶとく戦い続けることはできなかったのではと思わせる奮戦ぶり。しかしながら、戦の天才:源義経に敗れ、最期は壇の浦の海に散っていきました。
ちなみに、彼の子息に「平知宗」という人物がいます。平家が都落ちする中で生まれた人物ですが、彼は後に「武藤資頼」という人物に庇護され、後に対馬の宗氏に連なる家系を残したようです。結果的に、知盛の血は現代まで続いています。
「茜唄」のおすすめポイント・読書体験
① 家族で結束する平家・家族で憎み合う源氏
② 誰が、誰のために、平家物語を編んだのか
家族で結束する平家・家族で憎み合う源氏
誰もが知る歴史の通り、源平合戦は驕れる平家が敗れ、新たに立ち上がった源氏が勝者となります。
しかし、これを「家族」の視点で見るとどうだったのか。
運悪く戦の負けが続いた平家は、知盛を中心に一門の結束が徐々に強くなっていきます。なぜなら、平家一門の誰もが敗戦の中で、父を、子を亡くし、家族を失う悲しみを共有していくからです。
そして、誰もが家族を失う悲しみを背負いながらも、決して屈せず、立ち上がっては戦いに挑んでいきます。皮肉なことに、権勢盛んなころは政敵であった一族も、負け続けたからこそ結束が強まり、儚くも美しく強い一族へ変貌していくのです。
一方、勝者となった源氏はどうだったのか。勝者となった家では権勢を争いが続くもの。従兄弟の間柄であった源頼朝と義仲は、平家滅亡の前から戦い合い、平家滅亡後に頼朝は実の弟:義経・範頼を手にかけます。
権勢は握りながらも家族で殺し合った源氏。一方、儚く滅びながらも、家族で手を取り合った平家の対比は鮮やかです。心から勝者と呼べるのはどちらであったのか、「家族の絆」の視点から読むことで味わい深さが増す作品です。
誰が、誰のために、平家物語を編んだのか
本作では平家物語の作成にはじめに着手した人物は、主人公:平知盛と描かれます。しかし、源平合戦のおりに戦死した知盛は、自分の後をある人物に託します(ネタバレになるので割愛します)。その際に、知盛はこの物語をなぜ作ろうとしたのかを語ります。
――我らが生きた証を残すと言えば些か大層か。
今村翔吾 著「茜唄(上)」P57
しかし、平家に属する知盛は、なぜ、没落していく平家をありのままを書いたのでしょうか。
こちらもネタバレになってしまうため、詳細は割愛しますが、本作の終盤に知盛から物語の後を託された人物がその一部を語ります。
「ある者は勝者として、ある者は敗者として、綺羅星の如き男たちがこの時代を創ったのです。彼らは後の武士たちの憧憬の的となるでしょう」
今村翔吾 著「茜唄(下)」P361
(中略)
「そして彼らの生きた姿は、千年後の人々の胸に刻まれます」
千年後に生きる人々、つまり今を生きる我々の胸に、知盛は何を残さんとしたのか。ぜひ本作でお楽しみください。
源平合戦から約840年が経た現代。今なお続く戦争に思いを馳せ、読者の胸が熱くなる作品です。
あとがき
本作で知盛の脇役を務める人物に、平教経という人物がいます。
彼もまた、実在した人物で「王城一の強弓精兵」と言われる平家随一の猛将であり、本作では平家物語と同じく壇ノ浦の戦いで敵を道連れに豪胆な死に様を見せます。

しかし、徳島県・高知県に残る郷土史では、平教経から名を改めた「平国盛」なる人物が、壇の浦の戦いで海に沈んだはずの安徳天皇を救い、徳島県祖谷地方(現:徳島県三好市)にて平家再興を期したとか。残念ながら翌年に安徳天皇が9歳にて亡くなったためにそのまま土着してその後20余年ほど生きたとか。第二の人生を送れたのであればと思うと、歴史の面白さが深まる作品です。