才ある者たちが挑み続けた明日 | 「わが殿(上・下)」畠中恵 著

歴史小説
つれづれ
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こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物・出来事をベースとした小説をご紹介しています。

今回ご紹介する小説は、畠中恵著「わが殿(上)(下)」
描かれる人物は、「内山七郎衛門(1807-1881)

「明日へゆかねばなりませぬ」
昨日の方が、居心地がよくても、だ。
「たとえ明日が嫌いでも、です。それがしも、御身も、望もうが望むまいが、寝て起きて、明日を迎えねばならない」

畠中恵 著「わが殿(下)」P284

「わが殿」はどんな本?

✓あらすじ
時代:江戸時代後期(1826年ごろ-1881年)
全国各地の藩が借金にまみれる中、例外ではなかったたった4万石の越前大野藩(現:福井県大野市)。財政再建のため抜擢されたのは、中程度の家柄の内山七郎衛門(良休)。彼は、恐ろしい織田信長のような藩主:土井利忠(作中では”公”)の無茶ぶりに応えつつ、大野藩を豊かな国へ変えていく。激動の世を乗り越えた実在の小藩で、明日に向けて走り続けた主君と家臣の絆を描く作品です

✓気軽に読める度:★★★★
上下巻で600ページほどと分量は多めに見えますが、10章に分かれているため少しずつ読み進めやすく、かつコミカルで読みやすい文体も読み手を助け、どんどんと読み進んでしまう作品です。希望も絶望も運んでくる「明日」という言葉が非常に印象的な作品です。

「内山七郎衛門」はこんな人

小藩小禄の武士ながら「明日」への希望を持って挑み続けた人物
※注:作中で取り上げられる人物像も含みます。

内山七郎衛門(1807-1881)

内山七郎衛門(良休)は、越前大野藩で80石の中程度の家柄の長男として生まれます。19歳にして大小姓として、当時江戸に在していた藩主:利忠公の側仕えの後、31歳にして財政再建の役割を拝命します。

ここから「わが殿」の物語はここから始まります。

財政再建に向けて時間のない七郎衛門の最初の一手は、面谷銅山を軸にした収入増加。博打のような取組でしたが、これを成し遂げると、借金の利下げ交渉、特産品による収入確保など、武士とは思えないほど”金”に精通した能力を発揮します。

彼の名を一躍有名にしたのは、後年興した商社”大野屋”。作中でも触れられるため、詳細は割愛しますが、武士が商いをするなど当時の常識からすればあり得ない話。しかも、既に七郎衛門は50歳と当時としては隠居していてもおかしくない年齢でした。また、彼の活躍は明治維新後にも続き、現在の福井銀行に吸収された大七銀行の母体:良休社まで手掛けます。

激動の幕末。同じ昨日が続かぬ日々で、彼が夢を持って挑み続けた「明日」とは、何だったのか。作中でお楽しみください。

ちなみに弟:内山隆佐(1813-1864)は、樺太探検を主導し、樺太の一部を大野藩の準領地とするなど文武に優れた人物。大野藩・七郎衛門を語るには欠かせない人物です。

内山隆佐(1812―1864)

おすすめポイント・読書体験

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「わが殿」のおすすめポイント・読書体験を2つご紹介します!

① 才ある2人の信頼と絆
② 英邁な藩主:利忠が求め、七郎衛門が応えた「才能」とは

才ある2人の信頼と絆

七郎衛門は中程度の家柄で時代が時代なら、藩主と直接やり取りすることすらないような家柄。ある意味では、大きな事件でもなければ平穏な昨日と同じ明日が続くはずの家柄でした。

しかし、彼の一生は「土井利忠」という主君を得たことで変わります。そして、小藩の藩主でしかなかった土井利忠もまた、内山七郎衛門という家臣を得たことでその一生が変わっていくのです。

才ある七郎衛門を抜擢しながらも、他の藩士たちとのバランスを考えた人事を図りつつ、藩校・病院・軍備の西洋化など、明日に向けてやらねばならぬことに着手する藩主:利忠。それらに必要な「金」を生み出すために、知恵を絞り奔走する七郎衛門。

お互いを信じ高め合うことで、目の前の仕事を乗り越えて深まってゆく2人の絆。作中後半で描かれる2人の絆ができるまで、彼らはどれだけ乗り越えてきたのか。2人のやり取りにハラハラしながらも、次のページで描かれる「明日」を期待しながら、ページをめくる手が止まらない作品です。

「わしはお主に、後々まで引き立てると約束をした。なぜもっと信じぬのだ」
「わが殿を、信じるも信じないもございません。ただ、共にあると決めております」

畠中恵 著「わが殿(下)」P246

英邁な藩主:利忠が求め、七郎衛門が応えた「才能」とは

藩主:利忠が藩主に就いたころ、藩の財政は既に火の車。借金の額は年間収入の8倍と、これまで行ってきた節約の強化などでは、どうにかなる金額では到底なかったのです。

そこで、藩主:利忠が求めたのは「新しき考え方、思い切ったやり方を取れる人材」でした。つまり、天下を論じるだけでも、節約に励むだけでも、根性論を振りかざすものでもなかったわけです。

そうした人物として抜擢されたのが、本書の主人公「内山七郎衛門」。彼が発揮した能力は、ある意味で常識にとらわれない「発想力」とそれを遂行する「実行力」の2つです。

”発想力”の観点では、弟:隆佐は七郎衛門のことを「兄者はいたって生真面目な顔をしているが、割と……いや、大いに融通の利く人柄ゆえ」(上巻 P57)と評し、”実行力”の観点では利忠の側近:久保彦助が終盤で以下のように語ります。

他藩が借金にまみれていく中、新しき収入を得て、藩に藩校や病院、店を作り、皆の暮らしを変えてゆく。七郎衛門達が彦助へ見せてきたのは、考えもしなかった藩の明日であった。
「殿が選んでいったのは、それを成せる者達だったのだな。君主が家臣に才を求めるとは、そういうことであったか」

畠中恵 著「わが殿(下)」P227

これはこの時代にだけ当てはまるものではありません。昨日と同じ明日が来ない「今」を生き、「明日」へ向かう我々にもまた、改めて我々は ”今” という時代とどう向き合うのかを考えさせてくれるのです。

あとがき

七郎衛門が商社”大野屋”という武士として常識破りな取り組みを行ったのは、50歳の頃。そして、この取り組みを思いついたころに、彼の心に灯った言葉は本作を通じたテーマである「明日」。

前へ、行かねばならん。生き延び、明日を見なければならん。

畠中恵 著「わが殿(下)」P81

たとえ何歳であっても、たとえ昨日と同じではない明日が絶望を運んで来ようとも、挑み続けることで、明日へ進んでいこうという力強い言葉が、読者の心を奮い立たせてくれる作品です。

ちなみに、「支える人間の苦労・主従の絆」を描いた作品としては、垣根涼介著「極楽征夷大将軍」がおすすめ。周囲どころか自分自身ですら、将来に期待を持っていなかった ”空っぽの天下人” 足利尊氏は、いかにして政権転覆を2度も成して室町幕府 初代将軍になったのか。コミカルで軽妙な文体にくすっと笑いながらも、支える側の苦労が染みわたる作品です。

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