外敵より日本の”雅”を守れ | 「刀伊入寇」葉室麟 著

歴史小説
つれづれ
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こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物・出来事をベースとした小説をご紹介しています。

今回ご紹介する小説は、葉室麟著「刀伊入寇」
描かれる人物は、公家ながら異民族の襲来を撃退した「藤原隆家」

「神々もご照覧あれ、われこの国の雅を守るために戦わん」

葉室麟著「刀伊入寇」P332

「刀伊入寇 藤原隆家の戦い」はどんな本?

✓あらすじ
時代:平安時代中期(995-1019年)
栄華極める藤原家一門に産まれながら、公家とは思えぬ荒ぶる心を抱える「藤原隆家」。より栄華を究めんと「関白」の職・「天皇の外戚」(母方の祖父)をめぐる政治闘争に飽き飽きとしていた隆家に告げられたのは異民族の襲来であった。武名高き実在の公家「藤原隆家」が異民族から守らんとしたものとは。

✓気軽に読める度:★★★★
文庫版約400ページ・2章立て構成で、第1章:龍虎闘乱偏は隆家の少年期~青年期において京都における「政治闘争」を、第2章:風雲波濤偏では壮年期に入った隆家に襲い来る「刀伊の入寇」を描きます。少し長めの時間軸を描いていることもあり、第1章と第2章では隆家と関わる人物がガラッと変わります。特に第一章の人物相関が分かり辛いため、読み手の手助けになればと…相関図を掲載します。

一方で、登場人物は、藤原道長・安倍晴明・清少納言・紫式部と、まさに平安時代を彩るオールスターズ。各登場人物にもキャラクターの個性があり、平安時代を学ぶ手助けになるかもしれません。

葉室麟著 「刀伊入寇 藤原隆家の戦い」人物相関図

藤原隆家はどんな人

政治の中枢からはじき出されながらも、決して外敵とは結ばず、この国を守らんとした人物
※注:作中で取り上げられる人物像も含みます。

藤原隆家

藤原隆家は、関白として栄華を極めた「藤原兼家(藤原道長の兄)」の次男として生まれます。作中にも描かれる通り、弱冠16歳にして日本の権力の中枢「公卿」に列する、まさに貴公子そのものです。

しかし、父:道隆が没し、叔父:道長が関白となると、隆家の属する中関白家の運命は暗転。前段の導入を含め、「刀伊入寇」の物語はここからは始まります。

父:道隆を恨む花山天皇・隆家を政敵として睨む叔父:道長との熾烈な政治闘争。結果的に伊周・隆家兄弟は京を離れることとなりますが、京を離れたからこそ隆家の人生は花開いていきます。

大宰府(現:福岡県太宰府市)の長官として赴任した隆家は、刀伊の入寇にて異民族の襲来と戦い、その武名を轟かせていきます。(結果的に、隆家の系譜から奥州藤原氏をはじめ、各地で武士として活躍した人物が実在していることも驚きです)

ちなみに…物語は隆家は刀伊を撃退した後、大宰府長官の任期が切れるまでを描きますが、その後の隆家は大臣・大納言への登用の声望を受けながらも、これを辞退。面白いことに、刀伊の入寇から約20年を経た58歳ごろに、再度、大宰府長官に任じられたとか。本作に言わせれば、亡くなる直前まで血の繋がった異国の子:烏雅が草原を駆ける姿を思い浮かべていたのでしょうか。

おすすめポイント・読書体験

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「刀伊入寇」のおすすめポイント・読書体験をご紹介します!

① 隆家が守らんとした人の生き方を示す “雅” とは

② 日本の雅を彩る平安時代のオールスターズ

隆家が守らんとした人の生き方を示す “雅” とは

人が生きた証とは。美しく生きるとは。

隆家の生き様から導かれるのはこうした言葉です。先述の通り、圧倒的権力者に上りゆく叔父:道長と対比するように、隆家は徐々に中枢から外へ弾き出されていきます。隆家の属する中関白家の生き残りとして、その声望・期待を一身に集めながらも、中枢から離れていく彼自身はそれでよかったのです。

なぜならば、彼の居場所は「京での政治闘争ではなかった」から。あくまでも隆家が望んだのは、政治権力としての栄華ではなく、「強い敵との邂逅」でした。そして出会った異民族との戦いの中で、隆家の胸に去来したのは、「なぜこの国を守らねばならないのか」という問い。

この問いは「この国に根差す”雅”とは何か」という問いに少しずつ姿を変えていきます。若き隆家の心に芽生えた”強い敵と戦いたい”という想いは、衰えゆく中関白家を見つめ続けた青年期を経て、最終的に「この国の”雅”を護る」という意志に変わっていきます。

若き頃の漠然とした想いが、年を経て、経験を積み、多くの人との出会いと別れを経ることで、『生き様・意志』へと変わってゆく。強い想いを持つ人間の成長を丁寧に描き出す作品です。

「わし(隆家)は九州に参ってから、ひとがひとのために戦うということを知った。さらには、ひとには天命があるとも思うようになった。おのが天命に従って生きるならば、この世は随分と面白いものじゃ」

葉室麟著「刀伊入寇」P374

日本の雅を彩る平安のオールスターズ

本作に登場する人物は、まさに平安時代のオールスターズ。

圧倒的権力者:藤原道長・妖しき陰陽師:安倍晴明・日本三大随筆の一つ”枕草子”著者:清少納言・日本で最も有名な小説”源氏物語”著者:紫式部などなど。

隆家だけでなく、これらの人物もまた、本作で描かれる日本の”雅”を体現する人々でもあります。

雅とは何か。本作の後半に隆家が語るシーンがあります。ネタバレにもなるため引用は避けますが、逆に本作冒頭で清少納言が近しい言葉を語るシーンがあります。

「世の中のまこととは苦いものでございます。それでも、何も知らぬ甘さよりは、味わい深くあるのではないでしょうか。知ることによって、変わるものもあるのですから」

葉室麟著「刀伊入寇」P33

必ずしも歴史に名を残さない、また名を残しても記録には残らない。それでも確かに生きた人々の”想い”とは。歴史小説の醍醐味でもある「日本の雅」を、登場人物の生き様から味わい深く楽しめる作品です。

あとがき

成果主義は経済成長を推し進める重要なキーである一方、こうした考え方は本作で触れられる「雅」を、どこかないがしろにするものでもあります。

「生きている間にあった想いなど、死んでしまえば無いと同じだ」
「そうであろうか。わし(隆家)はそうは思わぬ。ひとはどのような想いを抱いて生きたかが大切ではないのか」

葉室麟著「刀伊入寇」P352

人が人生を振り返った時に、大切と思えるものは何なのか。親・周囲・憧れとは関係なく、自分が輝ける場所とは。

平安時代を彩った人物たちの生き様に触れ、改めて自分の生き方を振り返る一作です。

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