こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。
このブログは「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。
今回ご紹介する小説は、朝井まかて 著「落花狼藉」
描かれる人物は、江戸時代初期に遊郭の吉原を創設した「庄司 甚右衛門(1575-1644)」
そして、彼を支えた(恐らく架空の)妻 花仍(かよ)。
本作のテーマを一言にまとめると…
いつか、この傾城町に桜を。
朝井まかて 著「落花狼藉」P397
媚びず屈せず、咲かせておくれ。落花狼藉の極みと謗られようと、吉原の嘘と真を見せるんだ。
爛漫と咲いて、散れ。
タイトルの「落花狼藉」は、”花が乱れて散っていくこと”。
主人公の2名を中心に吉原遊郭の黎明期に、生涯の花を咲かせては散っていったいくつもの人生を描き出します。
特に主人公である2人。
吉原を売色御免の町にさせた庄司甚右衛門が背負いし者の覚悟を体現し、甚右衛門を支えながら”情”を捨てきれない妻 花仍が勃興期の吉原から連綿と受け継がれていく人の意志を見守ります。
今この一瞬が辛くとも、繁栄していく町や努力の末にきらびやかに成り上がる遊女らなど、今を必死に生きる人物たちを追い、報われなくとも夢や希望を持つことの大切さを教えてくれる作品です。
おすすめポイントの前に簡単にあらすじをご紹介…
まだ戦国時代の香りが残る江戸時代初期(1616年ごろから1660年ごろ)における吉原遊郭(現:東京都日本橋人形町付近)の勃興と発展を描きます。吉原遊郭創設者とされる庄司甚右衛門と妻 花仍を主人公に、戦国時代の気風が抜け町人が台頭してゆく江戸の風景とともに、後に江戸随一の繁華街を誇る吉原がどのようにその街を形作ったのかを追います。
庄司 甚右衛門と妻 花仍はこんな人
✓庄司 甚右衛門
甚右衛門は”吉原遊郭の創設者”と呼ばれる人物で、登場人物のうち、この人物は実在の人物です。誰よりも吉原を一つの町として発展させてゆくことを願い行動し、売色御免を勝ち取った後は、吉原の町全体の行く末を見通して行動をしていきます。作中では、吉原の町を繫栄させていくうえでの”理性”とも言うべきポジションで、孤独を厭わず吉原で暮らす人々の生活を守ることの覚悟を背負った人物です。
✓花仍
甚右衛門と異なり、どちらかというと頭の切れはそこそこ。すぐ手や口が出るタイプ。しかし、彼女はくせの強い傾城屋の経営者たちの中で、遊女をはじめ登場する様々な人物の心情に寄り添う”人情”を体現する人物です。また、創設期のメンバーで最若手ということもあり、吉原の移転と発展を見守り、創設期の意志を次代へ繋ぐ役割を担います。
おすすめポイント・読みどころ
庄司甚右衛門が背負う覚悟
甚右衛門が売色御免(吉原外での売色稼業の営業禁止)を勝ち取ることに固執した理由は、花仍から見ると「女を守ること」。幕府に目を付けられやすい商売であるからこそ、逆に幕府に保護されるように立ち振る舞います。「売色御免」を勝ち取った後は、より広く「吉原遊郭」という町を守り発展させるために、私財を投じ、家主らと調整し、時に押し付けられる幕府からの困難を知恵を絞っては乗り越えていきます。
ある時、幕府から夜の営業禁止を通達された時、収入確保のため吉原のいくつかの見世が湯屋(吉原を高級風俗とすると、湯屋は安価な風俗)に従業員を派遣するという事態が発生します。吉原は売色御免を勝ち取っている以上、湯屋は営業自体が違法。そこに手を貸したことになるわけです。
この事態の収拾として、甚右衛門は誰にも相談せずに大きな決断を下します。吉原に住む1万数千人の生活を守るために…。誰にも責を負わせず、孤独なる道とわかりながらも、町を想うがゆえに外道となる道を選んだ庄司甚右衛門の覚悟が一つ目の見どころです。
冷たく乾いた目が花仍を見つめている。
朝井まかて 著「落花狼藉」P260
「死を以て贖わねば、すべてが崩れる。この町の何もかもだ、だ。」
重い瞼を押し上げるようにして、目を据え直す。しかし、わからないのだ。まるで見覚えのない顔がそこにある。
この人は誰だ。
油が尽きてか、ふいに灯りが消えた。闇になる。ふと過る名があって、指先が震えた。
外道だ。
花仍がつないでいく吉原の風景
甚右衛門とは対照的に花仍は遊女や吉原という町に対する”情”を色濃く持ち、様々な困難が訪れても、明るく前向きに乗り越えようとする強さを持ち合わせています。
この明るさこそが繋がれてゆく吉原の風景・文化の基盤なのではないかと思います。甚右衛門らが規則を作り統制することで、町の礎を築いた一方で、花仍は持ち前の明るさと行動で外道の稼業である傾城屋の町”吉原”に希望の花を咲かせます。遊女らが体を売るだけの町にせず、その先の希望や町自体を彩った花仍の取り組みは、その後の吉原に連綿と受け継がれていくのです。
花仍は見たいし、他の遊女らにも見せてやりたい。
朝井まかて 著「落花狼藉」P159
親に売られた娘が、売色の果てにようやく掴み取るものを。
あとがき
文庫本の解説にも記載されているため、本ブログでは触れませんでしたが、この作品は甚右衛門と花仍の孤独を描いた作品でもあります。情を持つ花仍が唯一、情を持ってコミュニケーションが取れなかった相手が甚右衛門なのです。何とも皮肉でありながら、近しい人にこそ自分をさらけ出せない人間の妙味が出ているのではないかと思います。
度重なる困難に、知恵を絞り行動し吉原の基盤を創った甚右衛門と、持ち前の明るさと行動力で吉原を希望を持てる町とした花仍。結果的に第二次世界大戦後まで残った日本一の遊郭 “江戸吉原”の礎の物語を、ぜひ一読してみてください。
関連作品
✓江戸時代初期が舞台の作品
「将軍の子」佐藤巖太郎 著
「落花狼藉」江戸の町民たちの物語ですが、「将軍の子」は同じ時代に当時の権力者・政治家側の物語です。江戸時代初期の3名君に数えられる「保科正之」を主人公に人と人の人生が響きあってゆく作品です。