こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。
このブログは「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。
今回ご紹介する小説は、朝井 まかて 著「グッドバイ」
描かれる人物は、「大浦慶(1828ー1884)」(大浦お慶、大浦慶子とも?)
本作を一言にまとめると…
若き命を散らす幕末の志士と明治へと変わりゆく世へ送る切なくも暖かい”グッドバイ
空も海も、どこまでも青かね。ほら、波濤が白く輝いとるよ。
朝井 まかて著「グッドバイ」P413
あんたがたにこの景色を捧げて、私はようやく心から告げよう。
グッドバイ。
「グッドバイ」はどんな本?
✓あらすじ
江戸幕末、不平等条約が吹き荒れる中で、最も外貨を稼いだ(=外国相手に儲けた)伝説の女商人大浦慶の生涯を描いた一代記です。外国との貿易に目をつけ茶葉の輸出で財を成したものの、明治の世に移り慶は大きな失敗を犯します。しかし、それでも彼女は前を向きます。誠実さと挑戦心を忘れずに、立ち直っては歩みだす女性実業家の先駆けともいえる人物の生き様を描く作品です。
✓舞台
1853年(嘉永6年)、大浦慶が26歳の頃から物語は始まります。舞台は長崎の出島周辺(現在の長崎県長崎市)を中心に、本作の後半では大浦慶が貸与を受けた横浜製鉄所(横浜製作所・横浜製造所とも/残念ながら現存しません)なども描かれます。
本作を通じて最も印象的なのが”海”のシーンです(特に各章末の海のシーン)。商いが好調な時は朝日に照らされる眩しい海、別れを描くシーンでは夜の昏い海、そして礼砲が「ドン、ドドン」と轟く書影のシーンなど、良いときも悪いときも、お慶とともにあった長崎の海が描写されます。
✓気軽に読める度:★★★★☆
本作は交易・商いを中心とする歴史お仕事小説のため、歴史小説特有の小難しさはありません。主要な登場人物は比較的多いですが、キャラクターが立っているため、すっと頭に入ってきます。また、特徴的なのがお慶をはじめとする”長崎弁”です。すこーしだけ読みづらさもありますが、かわいらしくも力強く、口ずさみたくなる文章が印象的です。
本作を読んだ読書体験はあとがきに↓
「大浦慶」はこんな人
大浦慶は、江戸幕末から明治にかけて最も外国人から信頼された女性実業家です。

油売りの商家に生まれ、祖父に商いを仕込まれ育った慶は、祖父を亡くした後、16歳にて火災により家財を失います。それでも大浦屋を建て直すべく商いに奔走します。人生に転機が訪れたのは、イギリスの商人ウィリアム・オルトとの出会い。当時15歳のオルト(作中ではヲルト)に茶葉を託したところから、お慶の茶葉交易は華ひらいていきます。
茶葉交易で莫大な財を成した慶は、その財をもって長崎の町を潤わせていく一方、当時異国との唯一の窓口であった長崎を訪れる若き幕末の志士たちと交流を重ねます。後の世で名を成す者もいれば、若き命を散らす者もあり…、慶は彼らと自分をどのように重ねたのか。本作「グッドバイ」の意味にも繋がる慶の想いが胸に響きます。
明治の世に入ると、慶は詐欺にあうことで大きな転機を迎えます。莫大な財を成しながら、歯を食いしばりながらも地道に一から建て直していく慶が、絶対に譲らなかった”誠実さ”の真髄を味わうことが出きます。
晩年に入っても横浜製鉄所への出資など、生涯、実業家として活躍し続けたお慶。彼女が住んだ邸宅は、現在も長崎県油屋町に存在しているようです。
おすすめポイント
長崎の繁栄と衰退・若き幕末の志士たちへ送る、切なくも暖かいグッドバイ
-長崎港の繁栄と衰退
江戸時代唯一のオランダとの貿易港であった長崎の町は、通訳や異国文化が根付いていたことに加え、江戸から遠く西国雄藩から近いい地理もよかったため、外国船が訪れ始めた江戸後期により一層存在感を増していきます。まるで灯り消えんとして光増すかのように、異国の文化・技術と学ばんとする人々が集まり賑わいを増していきました。
こうした賑わいを通じてお慶もビジネスを伸ばしてきたのですが、横浜港が開港・明治維新に至り、長崎港は徐々に衰退の道を辿ります。
-若き幕末の志士たち
長崎の繁栄と衰退と同期するように、大志を持った若き男たちもまた、名を上げて東京に出ていくものと、命を散らしていくものとに分かれてゆきます。坂本龍馬(作中では才谷梅太郎)、大隈重信、上杉宗次郎など、栄達を掴んだ者と歴史の影に埋もれた者の違いは何だったのか。商人から見た切ない幕末史が描かれます。
長崎港の盛衰を、若き侍たちの栄達と死を、大浦慶はどのような想いで見届け「グッドバイ」とつぶやいたのか。まるで海辺立っているかのような爽やかな海の薫りとともに、ぶるっと身震いを起こす作品です。
「日本は旧き世におさらばして、どこに向かうとやろうか。一途で頑固なくせに、移ろいやすかけんね」
朝井 まかて著「グッドバイ」P407
我が身の来し方を思い合わせれば、なお自嘲めく。
「あれは、よかさよならをしたと言えるとやろうか。グッドバイやった、と」
あとがき
祖父に「商人としての勘を磨け」と言われながら育ちますが、晩年の慶は、自らの来し方(生涯)を振り返り、養子の大浦重治へ別の言葉を遺します。それは”勘”という不確かなものではなく、慶の人生そのものを凝縮した言葉でした。
借金まみれになり、どれだけどん底であったとしても、精一杯尽くすことで自ずと道は拓けていくと、そんな当たり前でありながら続けることが難しいことを改めて教えてくれる作品です。
重治、お前はやっぱり小心で細かか男やけん、無理ばしなさんな。本当はこんな商家の主やのうて、職人のほうが向いておったろうに、もはや詮無いこと。野心や見栄や恨みつらみ、悔いも山と抱えて、今、何をし遂げたかと己に問えば、まだ途半ばとしか言えぬだろう。いつも、誰でも。なれど、生きている間は精一杯を尽くすとよ。ただ精一杯を尽くせ。
朝井 まかて著「グッドバイ」P422
関連作品
✓女も男も関係ない!変わりゆく時代で輝きを放った女性を描いた作品
①古川智恵子著「家康の養女 満天姫の戦い」
戦乱の世から太平の江戸時代を築いた徳川家康の実の姪”満天姫”を主人公に、未だ動乱の世で一人津軽へ嫁いだ女性の生涯を描きます。側室と繰りひろげられる女の関ケ原に、子との確執。逆風の中でも自ら行動を起こしていった凛々しい女性を描きます。
②乃南アサ著「チーム・オベリベリ」
「グッドバイ」と同時期となる、明治時代初期に北海道十勝地方開拓に乗り出した「渡辺カネ」を主人公とした作品です。新しい土地で揺るぎない信念を貫き、後に”十勝・帯広開拓の母”と呼ばれる人物の前半生を描きます。