津軽の地を守るために選んだ第三の道|「十三の海鳴り」安部龍太郎 著

歴史小説

こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。
このブログは「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。

今回ご紹介する小説は、「十三の海鳴り」安部龍太郎 著
描かれる人物は、鎌倉時代の津軽で活躍した武士「安藤季兼(生没年不詳)

本作を一言にまとめると…

朝廷にも幕府にも頼らない 津軽の地を守るために選んだ第三の道

夕暮れの空に影のように浮かびあがるお岩木山に向かって、孫次郎が手を合わせた。
「これが我らの生きる場所だ。俺はこれからこの土地に住む人々のために、新しい道を切り開いてく」

安部龍太郎「十三の海鳴り」P555

「十三の海鳴り」はどんな本?

✓あらすじ
鎌倉時代末期に津軽の地で8年に渡り勃発した安藤氏の乱を描きます。前半は反乱の元凶をめぐる謎解きミステリー、中盤は戦国時代小説さながらの迫力ある合戦、終盤は権謀術数が渦巻く政治闘争が描かれる非常に濃い作品です。

✓舞台
鎌倉時代末期(1320年~1328年ごろ)の津軽~北海道の渡島半島が主な舞台です。争う人間の愚かさと対比されるように、「津軽富士」とも称される岩木山をはじめとする雄大な東北の自然が描かれます。
また、アイヌを取り上げた作品は幕末~明治初期の作品が多いですが、今作は鎌倉時代後期における和人(日本人)とアイヌ民族の関わり合いが多く活写されます。温かいイメージのアイヌ民族だけでなく、荒っぽく権力欲のあるアイヌ民族など、あまり類のない中世のアイヌ民族を描いた作品としても楽しめる作品です。

✓気軽に読める度:★★★☆☆
文庫版で600ページにわたる大長編でありながらも、中盤まではすらすらと読みやすい作品です。ただし、後半に入ってから出てくる朝廷関係の人物関係の複雑さや、全体を通して登場人物が多いことなどもあり、時間をかけてじっくりと読みたい方に向いている作品です。

「安藤季兼」はこんな人

※安藤季兼については、史料がほとんど残っていないため、あくまでも作中の人物像です。

安藤季兼は、鎌倉時代に末期、アイヌとの共存・共生を目指した人物です。

後の安藤氏の乱にて、西の浜側の大将を務めた安藤季長の三男として津軽に生を受け、十三湊(現:青森県の十三湖近辺)で育ちます。当時は日本海交易が盛んであったため、樺太・蝦夷(北海道)・津軽に加え、京都の貿易港である小浜湊(現:福井県)まで手広く交易をしていたようです。

こうした環境で育った季兼は、津軽の地にありながら京都の風景を知り、かつ樺太や蝦夷のアイヌ達とも交流を持つ特異な青年として育っていきます。彼に転機が訪れたのは、父の安藤季長が起こした安藤氏の乱。津軽・蝦夷の地とアイヌ民族。そして何より津軽の地を愛した青年武将「安藤季兼」は、後に鎌倉幕府の崩壊にも繋がったとされるこの戦いで、何を感じたのでしょうか。

ちなみに…(真偽のほどは不明であり、作品とは異なる後日談ですが)
安藤氏の乱から16年後にあたる1344年に、作中にも登場する日吉神社の記録にて、「安倍兼季」という名が残っています。一説によると、この人物は安藤季兼の同一人物であるとされ、安藤氏の乱の後、季兼は男鹿半島(現:秋田県男鹿市)に移り住んだのではないかという説もあるようです。

おすすめポイント・読書体験・感想

朝廷にも幕府にも頼らない!8年に及ぶ内乱で季兼が出した答え

前段でも触れた、鎌倉末期に勃発した安藤氏の乱の対立関係は↓の通りです。時の権力者である鎌倉幕府と京都の朝廷(天皇)方が対立する中、この争いに煽られるように、津軽特有の位置関係から安藤氏は真っ二つに割かれて内紛を繰り広げていきます。

これらの争いに渡島半島のアイヌも加わることで、泥沼化していく戦争。増える死傷者。それでも季兼は「津軽の民のため」、朝廷側としてこの乱に身を投じていきます。

しかし、煮え切らず中々行動を起こさない朝廷の姿に徐々に熱を下げていく季兼。一方で、季兼に温かく寄り添うアイヌの民。

津軽のために行動を起こした青年武将「安藤季兼」は、戦争の中で多くの現実に直面します。そうした多くの現実・障害を乗り越えながら、本作の終盤で、季兼は他人(朝廷・幕府)に頼らない第3の選択肢を見つけます。それは、敵対していた「外の浜」の武士たちをも巻き込む壮大な理想でした。

津軽・蝦夷を想う彼が見出した答えとは…。津軽・アイヌなど、厳しい自然に住んだ人々の芯のある気概に胸が熱くなります

あとがき

本作は、青年武将「安藤季兼」の成長記でもあり、鎌倉時代のアイヌ民族との交流を描いた作品でもあり、鎌倉時代末期の政治・経済が分かる小説でもあります。特に、アイヌ民族との交易・交流は、哀しい歴史がある一方、ひと昔前の人々はこんなにも暖かく友好的だったのかと、改めて人との接し方を考えさせられます。

冬の寒さが厳しい地であるからこそ、温かく、かつ熱い気概を持ち合わせた津軽・アイヌの人々の姿に、自分の行動を振り返させられる作品です。

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