憧れと現実のジレンマに懊悩する半端者たちの生き様 | 「しょったれ半蔵」谷津矢車著

歴史小説
つれづれ
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こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。

今回ご紹介する小説は、 谷津矢車著「しょったれ半蔵」
描かれる人物は、「服部正成(1542-1597)※本記事では「正成」で統一します。

本作を一言でまとめると…

憧れと現実のジレンマに懊悩する半端者たちの生き様

某は決めたのです。某は生まれこそ忍びでございますが、武士として生きると。生まれは変えられませぬし縁は神仏のみぞ知る。されど、その時その時の振る舞いは己で決められる。

谷津矢車 著「しょったれ半蔵」P96

「しょったれ半蔵」はどんな本?

✓あらすじ
時代:戦国時代後半(1550年ごろ?-1582年)
織田信長・徳川家康が活躍した戦国時代後期を舞台に、伊賀忍者の父を持ち、忍びになることを生まれながらに定められながらも、武士になりたい「しょったれ(=半端者)」の服部正成(二代目 服部半蔵)を主人公とする作品です。武士か忍びか――。様々な人物と出会い別れた正成は、自らの生きる道をどう見出したのか。若き徳川家の興隆とともに描く作品です。

✓気軽に読める度:★★★★
文庫350ページほどと分量はちょうどよく、主人公:服部正成の視点から進む読みやすい作品です。特徴としてエンターテインメント要素が高く、多くの人物との出会いと別れや熱い友情、ページをめくる手が止まらない激アツのアクションシーンなど、”若さ”と”熱”がほとばしる戦国小説です。

また、本作は大矢博子さんによる解説がとっっても素晴らしいです。ネタバレなく本作のポイントを紹介されているので、本編を読む前に一読する価値あり!です。

「服部正成」はこんな人

忍びになる運命と武士への憧れの狭間で、もがきながらも戦国を生き抜いた人物
※注:作中で取り上げられる人物像も含みます。

服部半蔵正成

(年配の頃の絵しかなく…作品のイメージとはだいぶ異なります…)

服部正成は、伊賀忍者の父:服部保長(初代服部半蔵)の長男として、現在の愛知県(三河)で生まれます。細かな経緯は定かではありませんが、父:保長が松平清康(徳川家康の祖父)に仕えた縁から、服部正成は徳川家康の家臣となったようです。

戦歴として初めて記録に上るのは1557年、16歳の時に上ノ郷城を夜襲したときのこと。時を前後して1560年。桶狭間の戦いの後に、徳川家康が三河統一に着手したころから、「しょったれ半蔵」の物語は始まります。

『服部半蔵』は”忍者”のイメージが強いですが、歴史上の服部正成は、”武士”として名を上げた人物です。徳川家康が天下を取るにいたるまでの合戦のうち、正成の死後に起こった関ケ原の戦い・大坂の陣以外はほぼすべてに参陣しています。

これらの功もあり、”武士”である服部正成は「伊賀の国衆たち」を取りまとめる役を与えられています。武士には仕えられない伊賀ものたちとの確執もあったようで、ここでも「しょったれ」としての悩みがあったことでしょう。

いずれにせよ、徳川家康の草創期を支えた服部正成は、後に徳川十六神将の一人に数えられます。正成死後の服部半蔵家は必ずしも順風満帆ではありませんでしたが、”半蔵”の名は今でも『半蔵門(東京メトロ半蔵門線)』の地名として、その名を後世に残しています。

おすすめポイント・読書体験

自らが望むなりたい姿と、立場が求めるあるべき姿とのギャップ

本作の登場人物(正成が出会う人々)は、いずれも「自らが望むありたい姿」「立場が求めるあるべき姿」のギャップに悩んでいます。(解説では、”アイデンティティの揺らぎ”と表現されます)

例えば、忠義ある家臣たちを大切にしたいが、主として非情な面を持たなければいけない徳川家康。実家と婚家の狭間で苦悩する市場殿(家康の妹)や五徳(信長の娘/家康の嫡男 信康の正室)。主人公「服部正成」もまた、忍びになることを運命づけられながら、正々堂々と戦う武士になりたいと望む人物です。

夢見て入社した会社で現実に苛まされる新卒社員、あるいはプレイヤーでありたい管理職など、誰もが人生の節々で抱く「憧れ」と「現実」のジレンマのようなものでしょうか。誰もが抱きながらも、人生のどこかで受け入れていくこうしたジレンマが、男女や年齢を問わず様々な人物を通して、一種の諦念とともに描かれます

殿は徳川の御嫡男。わたしは織田の娘。どんなに念じても生まれを変えることはできぬ。立つ場は、一生変わらぬ

谷津矢車 著「しょったれ半蔵」P250 織田五徳のセリフより

しかし、服部正成は憧れと現実のどちらかだけに陥ることなく、しょったれ(半端者)である自分自身を受けいれていきます。様々な人物との出会いと別れを味わった正成が、「憧れ」と「現実」の狭間で見つけた本当の自分のありかたとは。ジレンマを抱える心がすーっと晴れていくようなラストから、爽やかな読後感を感じられる作品です。

「俺は、武士でもない。いや、忍びにもなれなかったのかもしれない。だから、俺はしょったれだよ。死ぬまでな」

谷津矢車 著「しょったれ半蔵」P368

あとがき

解説にもある通り、今作のメインテーマ「憧れと現実のジレンマ」を、正成は様々な人物と出会うことでこうしたジレンマに対する一つの答えにたどり着きました。こうしたジレンマを感じる人にこそ、本作と”出会う”ことで、自分の在り方を見つける一助となる。そんな作品のような気がします。

ちなみに、こうしたテーマが浮かび上がる別作品として、矢野隆 著「琉球建国記」(集英社文庫)があります。こちらも過去に記事を書いているので、気になった方はぜひチェックしてみてください。

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