
こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。
このブログは「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。
今回ご紹介する小説は、「商う狼―江戸商人 杉本茂十郎―」永井紗耶子 著
描かれる人物は、「杉本茂十郎(生年不詳ー1818)」
本作を一言にまとめると…
金は刀より強し 政治に消された商人の生き様
江戸市中の人、物、金の流れを一手に握る杉本茂十郎は、今や強大な力を持って江戸に君臨している。そう思えばこそ人は詣でに訪れている。しかし、その実は、声を殺して涙を堪え、廊下の片隅で大きな体を曲げて蹲る一人の男だ。
永井紗耶子 著「商う狼―江戸商人 杉本茂十郎―」
「商う狼―江戸商人 杉本茂十郎―」はどんな本?
✓あらすじ
江戸の町で頭角を現し、様々な経済改革を為しながらも、突如、歴史から名を消した「杉本茂十郎」の生涯を、茂十郎を側で見守った堤弥三郎の視点で語る小説です。
✓舞台
江戸時代後期(1800年ごろ)の江戸を舞台とする作品です。江戸の祭りの風景や経済の仕組みなど、時代劇に入り込んだかのような臨場感が味わえます。
✓気軽に読める度:★★★★☆
主要な登場人物は少なく、かつ400ページ程度と文庫としては標準的な分量。また、当時の複雑な勢力関係を分かりやすく解説しており、非常に読みやすい作品です。一方、杉本茂十郎が目指したテーマは重く響くため、文章は読みやすくもずっしりと胸に響いてくる作品です。
「杉本茂十郎」はこんな人
杉本茂十郎は、江戸の人・金・物の流れを握り「狼」と畏怖された商人です。
甲斐(現:山梨県)の農家に生まれ、18歳にして江戸出てきた後、飛脚屋(配送業)の主を務めます。本作は、飛脚屋の主を務める「大坂屋茂兵衛(後の杉本茂十郎)」から物語が始まります。
当時の飛脚屋は、大手商店の値下げ圧力を受けた値下げ競争による経営難が続く厳しい状況。これを打破するために、大手商店の反対を説き伏せながら、茂十郎は奉行(役所)に飛脚運賃の取り決めを上申し成立させます。
飛脚定法で信頼を得た茂十郎は、文化4年(1807年)に起きた永代橋の落橋事故(死者440人との記録も)を機に大きな転機を迎えます。

橋の架け替えのために設立した「三橋会所」を起点に、茂十郎は物流システムの改革などに取り組み、江戸市中の人・金・物の流れを全て把握するほどの力をつけていきます。
その力は大藩の収入にも届く規模となり、その影響力は幕府にも届こうかという時、茂十郎は突如、罪人として歴史から姿を消します。江戸を発展させながらも、政治に消されてしまった幻の商人の秘められた想いとは、いかなるものだったのか。
おすすめポイント・読書体験・感想
清々しさと重い覚悟が響く読後感。杉本茂十郎が体現した“商人の誇り”とは
「杉本茂十郎」は、多くの改革を成し遂げるにあたり、事なかれ主義の上役たちや手が触れられずにいた障害を、ばっさばさと薙ぎ倒していきます。旧来の堅物を薙ぎ倒していく、”茂十郎節”は読んでいてとても気持ちがいい。
特に(私もですが)企業勤めをしているサラリーマン・OLのかたにこそ、この”茂十郎節”に胸が晴れる想いがするのではないでしょうか。
一方、こうした改革は必ずどこかに影を落とし軋轢を生むもの。返り血を浴びるかのように、茂十郎は裏では”毛充狼”という蔑称で囁かれます。(茂十郎はこれさえも利用するのですが…)
それでも茂十郎は改革を進め力をつけていき、ついに幕府が茂十郎の前に立ちはだかります。それでも、茂十郎は商人の誇りのため、幕府に対して起死回生の一手を打ちます。
世界を変えると言うことは簡単ですが、実際に改革を成し遂げていくことの覚悟の重さが胸にずっしりと響いてくる一作です。
あの男は、世にいう化け物ではございません。迷いもし、泣きもする、一人の男でありました。その才知も、義勇も人一倍あり、恐れを知らぬ様は、私のような非才の身からすれば恐ろしくもあり、眩しくもあった。全てが正しかったなどとは申しますまい。善悪の境界に立ちながら、されどただその奥底にあったのは、偏にこの江戸の町を……町人たちの暮らしを、守りたいとの思いでございました。
永井紗耶子 著「商う狼―江戸商人 杉本茂十郎―」P384
あとがき
本作の著者:永井紗耶子氏の著作としては、おおむね同じ時代(江戸時代後期:1800~1820年ごろ)に、当時の3大都市である江戸-京都-大坂を繋いだ東海道にて、文人として活躍した「栗杖亭鬼卵(1744-1823)」を描いた「きらん風月」がおすすめ。
60歳にしてようやく自分の道を見つけた文人:鬼卵と、60歳にして自身の道を見失いかけたエリート官僚:松平定信。対局する2人の人生が読書ポイントの1作です。