こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。
このブログは「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物をベースとした小説をご紹介しています。
今回ご紹介する小説は、木下昌輝 著「金剛の塔」
本作で描かれるのは人物だけではありません。世界最古の会社と言われる「金剛組(587~)」が主人公です。
本作を一言にまとめると…
倒れても倒れても立ち上がる。五重塔を再建し続けてきた”人間の意志”
おれら堂宮の職人は、建てるだけじゃあかん。技術を伝えて、メンテナンスをずっとして、災害や戦争で潰れたときに、また建て直せるようにする。その技術を次の世代に伝える。そうやって何千年ものこるものを造るのが、ほんまの仕事や
木下昌輝著「金剛の塔」P35
「金剛の塔」はどんな本?
✓あらすじ
1400年の間、戦争や雷などで焼失する度に再建されてきた五重塔。しかし、地震では一度も倒れたことのない不倒の塔を創り上げ、その技術を今に至るまで継承してきた世界最古の企業「金剛組(現:株式会社金剛組)」を描きます。なぜ地震で倒れてはいけないのか。飛鳥~平安~戦国~江戸~現代を旅する、歴史”お仕事”小説です。
✓舞台
序章と終章は、まとめの形で現代が舞台ですが、その他は時代を行き来する形で章ごとに時代が入れ替わりながら進んでいきます。ただし、舞台となる地は一貫して四天王寺付近です。
✓気軽に読める度:★★★★☆
歴史小説でありながら、お仕事小説の側面も強く、比較的読みやすい作品です。
時代が入れ替わりながら進んでいくものの、1つの章での登場人物は少なく、(6章を除き)難しい言葉も少ないため、歴史小説としては読みやすいです。一方、五重塔の断面図などの読み手の補助はありつつも、やはり工具を含めた建設業ならではの専門用語は多いため、必ずしもスラスラと読めるシーンばかりではありません。
本作を読んだ読書体験はあとがきに↓
「金剛組」はこんな会社
「金剛組」は世界最古の会社とも言われ、創業は聖徳太子の時代:578年にまで遡ります。仏教を用いて国を護ろうと考えの下、百済(現在の韓国南部)から招かれた初代 金剛重光によってその歴史が始まります。
本作では以下で語られていますが、金剛組は世代から世代へ技術と経験を継承していくことで、1400年の長きにわたり寺社建築を守り続けてきたのです。
魂剛組は、聖徳太子から四天王寺と五重塔を守護するよういわれた一族や
木下昌輝著「金剛の塔」P45
「金剛組」のサイトを拝見する限り、幾度の危難を経て、現在は東京証券取引所プライム市場に上場する「髙松コンストラクショングループ」の一員となり、寺社をはじめとした建築業を手掛けています。(2005年まで金剛一族で経営されていたようです。本当に長い歴史を持つ企業体ですね)
おすすめポイント
✓1400年続く金剛組の”仕事の流儀“
五重塔の再建・修繕は規模も責任も大きくまさにプロジェクトX。本作で語られるこうした仕事を担う職人たちの熱い仕事の流儀は、読んでいて凄みがあります。
中でも職人集団ならではの面白みを感じる”仕事の流儀”は、序章に描かれる「技術を盗む」。一般的には当たり前の「教えを乞う」のではなく、職人の手の動きを盗んで覚えることが仕事の流儀。悪く言えば前時代的な、よく言えば熱中できるような人間しか残れない仕組みとなっています。
このほかにも、過去では当たり前であった血縁相続を否定する技術第一主義など、下手したら戦国時代の大名よりシビアと思われる熱い仕事の流儀を楽しめる作品です!
✓1400年前、五重塔はなぜ建てられたのか。そしてなぜ地震で倒れてはならないのか。
美しい五重塔はどのような構造なのか。建築技術はいかにして受け継がれてきたのか。これらは第一章から順に語られていきますが、最後の第六章では
✓そもそも五重塔はなぜ建てられたのか
✓五重塔はなぜ地震で倒れてはいけなかったのか
が語られます。
ネタバレになってしまうので詳細は避けますが、五重塔の建設理由は第一章で↓の通り語られます。
戦乱の世だからこそ、建てねばならぬのです。そんな災厄が民たちに降りかかるとわかっているからこそ、建てるのです。苦しむ民たちのために、仏法は戦には決して負けぬと示さねばならぬのです。何度、兵火にあってもふたたびよみがえることで、五重塔は乱世に負けぬと民たちに教え、勇気を与えることができるのです。
木下昌輝著「金剛の塔」P84
この言葉は安土桃山時代、つまり五重塔建設から約1,000年後の人間の言葉です。一方で、一番初めに五重塔を建設した1400年前の人々は五重塔にどんな想いを願いを込めたのか。それは本作にてお楽しみください。
きっと五重塔の原理は、一千年後もまた謎のままであろう。あるいは、二千年後でもそうかもしれない。この不倒の仏塔の真髄は、誰も永遠に理解できぬかもしれない。だが、それゆえこそにこそ、この仏塔は――
木下昌輝著「金剛の塔」P390
ちなみに、本作で肝となる五重塔の謎技術”心柱”。耐震性を誇る五重塔の核となる技術とされているものの、心柱の役割は現代でも明らかになっていません。しかし、本作ではこの技術が”謎”であることにこそ価値があるとしています。謎である事実を上手く物語に利用した歴史小説の醍醐味を楽しむことができる味わい深い作品です。
あとがき
幾度も幾度も兵火に雷火に倒れながら、その度に再建された五重塔は、何度も立ち上がる”人の意志”を示し続けたのだと思います。転んでも倒れても、何度も立ち上がっては新しい時代を切り開く。金剛組とは、そんな人間の歴史とともに歩みながら、今なおその歴史を体現しているのだと思います。
たとえ成長は遅くとも何度も失敗をしても、そのたびに立ち上がる。少しの失敗があげつらわれてしまう現代だからこそ、こうした立ち上がる力強さはより一層読者の胸に響いてきます。何度失敗しようが、そのたびに立ち上がればよいのだと、上手くやろうと緊張する心をほぐしてくれる作品です。
艱難が満ちる世であっても、五重塔を再建する力を職人ひとりひとりがもち、それを伝える。その心意気こそが、百萬合力の宝塔の正体だと思っております。
木下昌輝著「金剛の塔」P86
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