新技術”無線機”に魅入られた生涯|「夕は夜明けの空を飛んだ」岩井三四二 著

歴史小説
つれづれ
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こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。このブログでは、実在した人物や出来事を題材にした小説を紹介しています。

今回は、岩井三四二 著「夕は夜明けの空を飛んだ」
描かれる人物は、無線機の開発・改良に大きく貢献した「木村駿吉(1886-1938)」。
本作のテーマを一言で言うと…

自身の役割を発揮するため、あまたの人間による弛まぬ努力が導いた奇跡の勝利

「そうだ、夕だ。夕を連打せよ。位置は……、二〇三だ、すぐに打て」
敵の第二艦隊見ゆ、の一文字暗号は夕、信濃丸の符号はYRである。
信濃丸の三六式無線機は火花を発した。

夕夕夕夕夕二〇三YR

暗号文は断続する電波となり、対馬南方の海上から夜明けの空に、目には見えない波紋を広げていった。

岩井三四二「夕は夜明けの空を飛んだ」P453

明治維新後まもない日本は、いかにして帝国ロシアに打ち勝ったのか。弛まぬ努力が導いた奇跡の勝利を描く作品です。

おすすめポイントの前に…少しだけあらすじを

1900年代初頭。日清、日露の二戦争の間に、通信技術は手旗から無線へと飛躍的に進化。日本海軍は戦況を左右する無線機の独自開発を決定。科学者・木村駿吉は、原理すら解明されていない無線機の改良を手探りで進めていく。彼らの血と汗の結晶、三六式無線機を搭載し、日本海軍は当時最強と謳われたバルチック艦隊を迎え撃つ──。迫力の筆致で歴史の行間に潜むドラマを活写した、傑作書き下ろし。(あらすじより)

ちなみに…
今や当たり前の無線通信は、当時、どれだけ凄かったかイメージしづらいと思います。作中にとっても分かりやすい記載がありますので、本作の環境設定としてご紹介します。

ある駆逐艦では夜間航行のときに、無線で明日の天気予報が伝えられた。それを聞かされた古株の艦長が、「まるで神様のようじゃのう」と呆れたという。天からお告げが降りてきたように思えたらしい。

岩井三四二「夕は夜明けの空を飛んだ」P438

こんなかたにおすすめ

日露戦争を舞台としながらも、ストーリーの多くは無線機の開発エピソードが中心なため、戦争描写が苦手なかたでも読みやすい初心者向けの歴史小説です。一方で、無線機の開発に伴う技術的な用語が多い点や、対馬から朝鮮半島にかけての地名が多く出てくるため、その辺りは若干難しいかも…。

おすすめポイント・読みどころ

無線機に魅入られた男「木村駿吉」

今作の主人公である木村駿吉はとっても変人。当時の最新技術である「無線機」の開発・改良に着手したものの、原理すら分からないため暗中模索の実験の繰り返し。しかも、上からは無線機に対する期待と圧ばかりがかけられる…。そんな状況なのに、木村駿吉はこうつぶやきます。

「楽しいねぇ」駿吉はつぶやく。「やめられねえな、この道楽は」

岩井三四二「夕は夜明けの空を飛んだ」P453

科学者気質というのか、無鉄砲というのか…。とにかく駿吉は身を粉にして無線機の原理研究と開発を進めていきます。内容は難しく周囲からのプレッシャーもある中で、飄々と楽しみながら研究を進めていく木村駿吉の姿に、改めて仕事や人生の面白さとは、こういうこともあるのかと感じることができます。

自身の役割を全う末く必死に生きた明治の男たち

周囲や環境とは裏腹に研究を楽しんで進める駿吉ですが、外波中佐・山本大尉・兄浩吉などが必死で自身の仕事に取り組む姿に影響を受け、少しづつ研究だけでない業務にも取り組んでいきます。製造ラインの監督・他部署の折衝・人事管理など、およそ研究者範囲ではない仕事にも必死に取り組み、日本における無線技術の発展全体に寄与していきます。

また、木村駿吉以外にも、外波中佐・山本大尉といった魅力的な人物が登場します。彼ら(他にもたくさんいますが)もまた、自分の役割を全うすべく人生を生き切った男たちです。駿吉による技術開発なくして無線は語れませんが、駿吉以外の人間の努力なくして日露戦争の勝利は語れない。明治維新後、他国に必死で追いつくため、数多の先人たちが尽くしてきた懸命な努力が、この一冊に凝縮されています。

——装備だけでは勝てないのだな。使いこなす努力が必要なのだ。

岩井三四二「夕は夜明けの空を飛んだ」P453

あとがき

本作は戦争をテーマにしながらも、それを陰で支えた人間たちの物語です。また、木村駿吉を支えた妻 香芽子も同様に懸命に自身の役割を務めた人物であったのだと思います。260年の鎖国により海外から送れた日本を、たった30年強でヨーロッパの先進国ロシアに打ち勝つために、懸命な努力を続けた日本人の生き様を、ぜひ本作で楽しんでみてください。

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