「恩」か「欲」か。あるべき人の姿とは。「賤ケ岳の鬼」吉川永青

歴史小説
つれづれ
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こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。このブログでは、実在した人物や出来事を題材にした小説を紹介しています。

今回は、吉川永青 著「賤ケ岳の鬼」
描かれる人物は戦国時代に織田信長の家臣であった「佐久間盛政(1554-1583)」。

ここが見どころ!

ひとりの人間として「恩(義)」を取るか、「欲(利)」を取るか。

佐久間盛政は、どちらを選び、どう生きたのか。

おすすめポイントの前に…少しだけあらすじを

1583年現在の滋賀県長浜市木之本町付近を主な舞台とした本格的な歴史小説です。本能寺の変の翌年に起こった天下分け目の合戦「賤ケ岳の戦い」を題材に、主人公である佐久間盛政と羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の2人の視点から物語が進みます。

・武勇があるからこそ武士の意地を強く持つ盛政
・武勇がないからこそ手段を選ばない秀吉。

織田家に仕える者として、必須である「常に上を見て切磋琢磨する能力」だけは共通する両雄が、信長亡き後の覇権をかけて、天下分け目の合戦「賤ケ岳の戦い」でぶつかり合います。

おすすめポイント・読書体験

①「恩」を重んじる盛政と「欲」を選んだ秀吉

冒頭のテーマの通り、盛政と秀吉は考え方が全く違います。
信長から「諦めの悪い奴」と評された佐久間盛政は、織田信長の死後、「織田家への恩のため」に動きますが、羽柴秀吉は「織田家を利用して」自身が天下人になることを志向します。信長という偉大なる主君を失った直後、なぜ両雄はこのような正反対の考えに至ったのか。その一端を、本文からの引用でご紹介します。

佐久間盛政
「我が胸に行き来したのは、何であったか。信長に応えたいという、人ならではの心根なのだ。秀吉を討つ。人ならざる者を挫く。だからこそ己は、人であり続けなければならない。」

羽柴秀吉
そもそも織田家は、信長を失ったところで終わりなのだ。あの異端の才は天の気まぐれで生み出されたのに違いない。遺児二人のうち信孝は大器の呼び声高いが、天意を受けた信長には及ぶべくもなかろう。信雄に至っては四海の誰もが認める愚鈍である。三法師は幼年ゆえ器のほどは知れぬ。だが、戦乱の世はこの子が長じるまで待ってはくれない。
「……わしが継ぐしかにゃあでよ。織田の神輿なんぞ邪魔なだけじゃ」

吉川永青「賤ケ岳の鬼」文庫版 P154、P122

②ひときわ輝く秀吉(後の豊臣秀吉)による調略

続いてご紹介するのは、秀吉による鮮やかなる調略。雪で動けない佐久間盛政を有する柴田陣営を横目に、羽柴秀吉は柴田方を貶め、自陣営の強化をひたすらに進めていきます。その政治感覚のすばらしさもさておきながら、何よりも注目すべきは根回し・調略の手腕。「武勇がないからこそ手段を選ばない」秀吉の凄みが、本作では何度も出てきます。気付いたら打つ手がなくなっている…つい、盛政側からすると冷や汗が…。

勝家に限ったことではない。丹羽も池田も同じなのだ。文字どおり「織田のため」で動く勝家に対し、己は「織田のため」を道具に使おうと思っている。だが丹羽と池田は、こちらに靡いた。当然である。勝家と同じ言葉を唱え、かつ、より多くの道理と益を示したのだから。

吉川永青「賤ケ岳の鬼」文庫版 P61

③主人公「佐久間盛政」の持つ”諦めの悪さ”と”誰よりも人間らしい心”

「諦めの悪い奴」と信長より評された盛政は、その恩に報いるべく信長の覇業に貢献していきます。そんな盛政の人生が凝縮された一文をご紹介したいと思います。もちろん、このほかにも作中には、もっと素晴らしい名言が飛び出てきますので、ぜひ本文を読んで楽しんでください。

「旗色が悪かろうと、負け戦だろうと、命ある限り諦めるべからず。さすれば運は、気紛れに我が方を向くやも知れぬ。その時こそ懸命になれ。わしはそうやって鬼玄蕃と呼ばれるようになった」

吉川永青「賤ケ岳の鬼」文庫版 P166

「人間らしい心」は、佐久間盛政の最大の魅力ではないかと思うのです。鬼玄蕃と呼ばれながらも、信長への恩を忘れずに織田家のために尽くす。そして、秀吉のような恩を忘れる人間が世のトップに立っては世が乱れると…。「人が人でなくなる」と憂いた盛政は、誰よりも「人らしい心根」を持った魅力ある人間であった。そう思うのです。

「されどこの際、左様なことはどうでもようござる!あの猿の化け物を退治せねば世のありようが歪む。人が人でなくなる!必ず……八つ裂きにしてくれん」

吉川永青「賤ケ岳の鬼」文庫版 P191

あとがき

乱れた戦国の世においても「人であること」の芯をぶらさなかった盛政と、乱れた世をまとめるために「人であること」を利用した秀吉。つまりは、「人を利用した人間」と「人への恩を忘れまいとする人間」。どちらが人としてあるべき姿なのか。そして、現代を生きる我々はどちらを選び取るのか。そんなことが問いかけられる作品です。
気になった方はぜひ作品を読んでみてください。

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