
つれづれ(@periodnovels)です。「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物・出来事をベースとした小説をご紹介しています。
「日本三大”奇襲”」と呼ばれている、日本の戦国史上で有名な3つの戦いをご存じでしょうか。
織田信長による桶狭間の戦い、北条氏康による河越の戦い、そして、厳島神社で有名な地で起こった「厳島の戦い」。
今回ご紹介する小説は、「厳島の戦い」を描く武内涼 著「厳島」。主人公は三本の矢で有名な「毛利元就(1497-1571)」と、元就と敵対した「弘中隆兼(1521-1555)」。
暗き謀将:毛利元就と、明るい知勇兼備の武将:弘中隆兼が、安芸・周防の地で火花を散らす本格歴史小説です。
「厳島」はどんな本?
✓あらすじ
兵力わずか四千の毛利元就軍が二万八千の陶晴賢軍を打ち破った名勝負の影には、壮絶な人間ドラマがあった。「これまで誰も書きえなかった厳島合戦の全貌を描き、我が国の歴史文学の空白を埋める記念碑的作品」――縄田一男氏絶賛! 謀略で勝利した元就と義を貫いて敗れた晴賢。対照的な二人の武将を通して人間の矜持を問う!
武内涼 著「厳島」あらすじより
✓読みやすさ ★★★★☆
単行本430ページと分量はほどよく、舞台となる山陽方面の地図もあるため、読みやすい作品です。基本的な視点人物は「毛利元就」「弘中隆兼」ですが、名前のある登場人物が多く、誰がどちらの勢力に属しているのか、整理しながら読み進めたい作品です。
おすすめポイント・読書体験
信念の異なる2人の武将のほとばしる”智”
本作でぶつかり合ったのは、自家繁栄を第一としながら兵力で劣る毛利元就(毛利側)と安寧の世のため「信」を第一とし、兵力で勝る弘中隆兼(大内・陶側)。彼らは、おかれた状況や信念の違いから、”戦略・謀略の方針”は大きく違いました。
陽気で気さく、そして知勇兼備の勇将:弘中隆兼は、戦陣で兵士ひとりひとりに声をかけ、義・信を何より大切にした人物。主君を支える家臣という「立場」の壁はありながら、人と人の調和する天下安寧への祈りのために、大きく勝る兵力を存分に利用して毛利家を叩き潰す戦略を志向します。
陰を体現するかのような謀将:毛利元就は、少ない兵力で短期間で勝たねばならず、手段を選んではいられません。に、分断・不信・統制・語り、全てを使って、自家繁栄の切望のために何としても「勝つ」戦略を練り上げていきます。これは同時に、元就の双肩に成功も失敗も、全ての責任が乗るということ。まさにダークヒーローの如き暗き謀将としての色合いを濃くしていきます。
自家の生き残りをかけて手段を選ばなかった毛利元就と、天下の安寧のために真っすぐに戦うことを選んだ弘中隆兼。そして、運命の1555年10月1日――。
元就と隆兼、そしてこの2人を取り巻く多くの人間たちの想いが、狭い「厳島」でぶつかり合う。歴史上では、「奇襲」で片づけられてしまう”厳島の戦い”に渦巻いた謀略と、その裏にあった数多くの人間の切望・祈り・想いとは。2人の生き方や、2人の周囲の人間の生き方を通じて、壮絶な人間ドラマを味わい尽くせる一作です。
先鋒、吉川元春率いる吉川兵が凄まじい鬨の声を上げ猛然と神泉寺の陣に雪崩れ込んでいる。
武内涼 著「厳島」P371
この瞬間、長い謀略の堆積の上にある厳島の戦いが――遂にはじまった。
あとがき
本作の見どころの一つでもある卓越した毛利元就の”謀略”。一時は城を追い出され、貧窮していた若き元就が、大勢力に成り上がった謀略の原動力は、考える力、つまり「智力」でした。
ただ一度の奇襲で――陶の首を取らねばならぬ。どうすれば、よい? どうすれば討てる? 考えろ、考えろ、考えろ――
武内涼 著「厳島」P21
小さきものが大きなものに勝つためには、「考えて知恵を絞る」しかない。ある意味で辛く苦しくもある「考え抜くこと」の楽しさや面白さを教えてくれる作品でもあります。
最後に、「壮絶な人間ドラマを描く合戦」を題材とした作品は、時代は同じくも場所が滋賀県に変わる吉川永青著「賤ケ岳の鬼」がおすすめ。「恩」か「欲」か、人のあるべき姿を問う一作です。