「どっどど どどうど どどうど どどう」
誰もが教科書で読んだことのある童話「風の又三郎」の一節です。
今回ご紹介する小説は、風の又三郎の著者であり作家:宮沢賢治の生涯を、父:宮沢政次郎の視点で描く門井慶喜 著「銀河鉄道の父」
主人公は、死後に日本で最も有名な童話作家となった「宮沢賢治(1896-1933)」と、父にして実業家・地方政治家でもあった「宮沢政次郎(1874-1957)」(正しくは”宮澤”の表記のようですが、この記事では作中表記に習いならい”宮沢”に統一します)
息子:賢治の成長を通して、賢治の壁であり、最大の支援者でもあった政次郎は、いかにして”父親”になったのか。

つれづれ(@periodnovels)です。「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物・出来事をベースとした小説をご紹介しています。
「銀河鉄道の父」はどんな本?
✓あらすじ 明治~大正時代:1896/明治29年~1933/昭和8年
岩手県盛岡市で生まれた宮沢政次郎は、「ヲトコウマレタ タマノコゴシ(男生まれた玉の如し)」の電報を受け取る。成長した息子:宮沢賢治は、家業を継ぎたがらず、親に金をせびる始末。そんな息子に厳しく当たろうとするも、何かにつけて世話を焼いてしまう父:政次郎。病、進学、挫折、そして家族の死。多くの困難を乗り越えて、いかにして宮沢賢治は国民的作家となったのか。父:政次郎の視点から、宮沢一家の激動を描く。
✓読みやすさ ★★★★★
単行本500ページ強と少し厚めですが、テンポの良い文体もあり、スラスラとページをめくる手が進む作品です。特徴として、セリフが舞台である岩手県花巻市の方言(花巻弁?)で書かれるため、冒頭は読みづらく感じますが、徐々に慣れてきます。
また、本作は2023/5/5から映画公開されています。映画では尺の都合(?)から、文庫の中盤(中学校卒業)から、かつ一部説明が省かれてしまうため、小説を一読したうえで映画を見るとより楽しめる作品かなと思います!
「宮澤政次郎・宮澤賢治」ってどんな人?
父:宮沢政次郎は、現:岩手県花巻市に生まれ、小学校を卒業すると家業の質屋・古着商に従事。若くして父の代理を務めるなど、経営者としての手腕に優れた人物です。21歳にして宮沢イチと結婚、翌年に長男:宮沢賢治が生まれます。
ここから「銀河鉄道の父」の物語は始まります。
長男 宮沢賢治は病弱のためか幼少のころはよく病にかかったものの、頭は良く小学校の成績は全教科「甲(最も良い)」だったとか。しかし長じてからは、仕事がなかなか定まらず、父への金の無心や宗教の対立、突拍子もない商売など、あちこちに手を出しては失敗…という人物。一方、言葉を捕まえる力は高かったのか、詩人・作家として生前より一部で評価されていました。しかし、結核により37歳の若さでこの世を去ります。
こんな賢治を支えた父:政次郎は、賢治が生まれた後も、家業をやりくりするだけでなく、町会議員を務めたり、実業家として病院や花巻電機の取締役を務めるなど、花巻の地で多彩な活躍を見せた人物でした。また、長年の民生委員・調停委員の功績から、戦後に「藍綬褒章」が送られています。1957年に83歳にて亡くなると、その6年後、妻:宮沢イチも1963年に86歳にて亡くなります。
ちなみに、賢治の妹で同じく結核により若くして亡くなった「宮沢トシ(1898-1922)」も日本女子大学に通った聡明な人物で、本作文庫巻末に記載の解説によると、今もトシの書いたレポートが残されているとか。賢治の弟:宮沢清六(1904-2001)は、賢治の死後、遺された作品の保護・刊行に取り組み、宮沢賢治の名を世に広めた立役者の一人です。
おすすめポイント・読書体験
・家長であり、夫でもありながら、父でありすぎた政次郎
家長であり夫でもありながら、父でありすぎた政次郎
本作の主人公である父:政次郎は、妻:イチの夫でありながら、宮沢家の家長でもあり、そして2男3女を育てる”父親”でもありました。明治生まれの父親として、旧時代の役割をこなしつつ、新しい時代の父親像に四苦八苦。
父:喜助(賢治の祖父)からは、家長として長男に家業を継がせる役割を求められながらも、この頃は明治から大正にかけて、多くの産業と”生き方”が生まれた時代。父親として、息子の生き方をどう後押ししてやれるのか。時に悩み、時にぶつかり、それでも息子を信じ愛することで賢治が選ぶ生き方を後押ししていくのです。
賢治が息子として、一人の人間として、歩む葛藤と成長。同時に政次郎が父として歩む葛藤と成長。
不器用な父子だけれども、読み終えるころには誰もが愛してしまう宮沢親子、いや宮沢一家の家族愛が見どころの一作です。
「お前はなあ、政次郎」
門井慶喜 著「銀河鉄道の父」P52
「はい」
「……」
口をつぐんだ。この人が何かを言いさすのはめずらしい。痛みの少し引いたとき、
「何ですか」
水を向けると、喜助はようやく口をひらいて、
「お前は、父でありすぎる」

映画版は家族愛がより色濃い作品になっていて、涙なしには見られません…(私は号泣でした(T_T))
あとがき
本作は、家長として、父親として、その生涯を務め上げた政次郎の金言が散りばめられています。例えば、努力を積み上げながらも、周囲から陰口をたたかれるシーンでは、こう語ります。
「貧乏人から吸った金で」
門井慶喜 著「銀河鉄道の父」P114
陰口をたたかれたようだった。むろん政次郎は気にしない。努力で地位を築いた者にとって、人のねたみは、そのまま新たな努力の糧になるのだ。
心ない陰口に心を痛めてしまう人が多い中、正しく努力を続ける人にとって、政次郎のこのセリフはとても心強く響いてきます。「家族の絆」が読みどころの作品ではありますが、こうした視点からも胸を熱くさせられる作品です。
本作で描かれる「家族の絆」を描いた作品としては、時代も舞台も全く異なりますが、今村翔吾著「茜唄(上/下)」がおすすめ。現在から約850年前に起こった源平合戦。勝利しながらも家族がバラバラになる源氏と、戦に負けながらも家族の結束が強くなっていく平家の対比が見事な一作です。