名門ながら…天に選ばれなかった努力の人 |「桶狭間で死ぬ義元」白蔵盈太著

歴史小説

「海道一の弓取り」

海道、すなわち東海道で覇権を握った人物を指す言葉ですが、歴史上この二つ名で呼ばれた人物は何人かいます。その中でも、織田信長の引き立て役として有名な人物が今回ご紹介する小説の主人公。

ご紹介する小説は白蔵盈太著「桶狭間で死ぬ義元」。誠実に努力を重ねることで、今川家の最盛期を築き上げながら、なぜか天に選ばれなかった名将「今川義元(1519-1560)」描いた作品です。

文芸社さんによる一般読者アンバサダーとしてご紹介させて頂きます。本作は2023年4月6日発売予定のようです!(最新情報は公式サイトでご確認ください)

いまここで、危ないからといって後ろに下がってしまったら、この恐怖が頭に染みついて、きっと私は二度と敵前に出てこられなくなる。重臣たちも私をもう二度とこんな場所に出させようとはしないだろう。つまり、今川も永遠に弱いままだ。
それでよいのか義元。おまえは今川家の当主だろうが。

白蔵盈太 著「桶狭間で死ぬ義元」P141

「桶狭間で死ぬ義元」はどんな本?

✓あらすじ
主な時代:戦国時代(1531/享禄4年-1560/永禄3年)

足利将軍家に連なる名門 今川家に生まれた義元は、僧の見習いとして気ままな生活を送っていた。しかし、生涯の師:雪斎に出会い、その人生は大きく変わっていく。今川を取り囲む武田・北条の大勢力に、名門ゆえの古臭い伝統、そして西に迫る得体のしれない織田家――。山積する難題を義元はいかにして乗り越え「海道一の弓取り」となったのか。そして、なぜ桶狭間で散ったのか。誠実に努力を重ねながらも、なぜか天に選ばれなかった今川義元の激動の生涯とは。

✓読みやすさ:★★★★★
文庫版270ページかつ登場人物がかなり絞ってあるため、コンパクトに読みやすい作品です。戦国時代の謀略も垣間見えつつ、今川義元の努力や人間臭さが中心に描かれているため、歴史もの初心者もとても楽しめる作品です。一方、桶狭間の戦いのシーンは多くないため、「桶狭間の新解釈!」といった楽しみ方をしたいかたには不向きかもしれません。

「今川義元」ってどんな人物?

謀略がはびこる戦国時代で、名門当主として誠実さを貫いた人物
※作中の人物像を含みます。画像は後世に描かれた浮世絵のため、少し作中のイメージとは異なるかもしれません…

今川義元(1519-1560)

今川義元は足利将軍家に連なる今川家の五男として1519年に誕生。家督争いを避けるべく、幼くして預けられた寺で生涯の師:太原 雪斎と出会います。その後、長兄・次兄が相次いで急死。唯一生き残った正妻の男子として、家督争いに名乗りを上げます。

この辺りから「桶狭間で死ぬ義元」の物語は始まります。

家督争いに勝利した今川義元は度重なる苦難に挑みながら、今川家の最盛期を築き上げ「海道一の弓取り」と呼ばれるように。しかし、誰もが知るように今川義元は桶狭間の地で散ります。

家督争い、家臣のまとめ上げ、周囲の大勢力との外交に合戦…。決して一筋縄ではいかない難題を、誠実に努力をすることで乗り越えるも、なぜか天には選ばれなかった。あまりの死に様から、愚かな当主としての印象が強い人物ですが、その優れた内政手腕・外交手腕から改めて再評価されている人物です。

ちなみに、本作では描かれませんが、今川義元が持っていた「義元左文字」という日本刀があります。義元を破った織田信長はこの刀を生涯大切とし、本能寺の変の際も手元に持っていたとか。信長は義元を決して軽んじることなく、敬意を抱いていたと思いたくなる逸話です。

「桶狭間で死ぬ義元」のおすすめポイント・読書体験

ポイント

名門当主の知られざる苦悩と成長
② 武田信玄・北条氏康…戦国を彩る名武将たちとの歪な友情

名門当主の知られざる苦悩と成長

今川義元は名門かつ大勢力の跡取り。これだけ聞くと、何の不自由もなく暮らせそうですが、彼の身に降りかかってきたのは、跡取りの立場を投げ出したくなるような難題ばかり。

特に若き義元を困らせたのは、歴史ある名門であるが故のしがらみ。まるで、親兄弟が築いてきた大企業の社長にいきなり就任した青年が、社歴の長いベテランに大きな顔をされるようなものでしょうか。

周囲から求められる当主としての立場。自信が望む僧としての生活。急に当主となった義元は、相反するアイデンティティのジレンマを抱えながらも、敵に学び自ら行動していくことで、今川に根付いた因習をひとつずつ打破していきます。こうして今川家が強い一族へ変貌したのもつかの間、唐突な「死」が義元を襲います。

しかし、死を迎えるまさにその瞬間、義元が見た走馬灯はどこか爽やかでのどかな風景でした。天に選ばれなかった努力の人「今川義元」が迎える雨降る桶狭間での最期の時。光風こうふうが義元をしがらみやジレンマから解き放っていくような、物悲しくもどこか胸が軽くなる読後感を嚙みしめる作品です。

起きている間も寝ている間も義元はその荷物を背負い続け、背負いながら呼吸し、背負いながら日々の暮らしを送ってきた。それが普通になっていたのですっかり忘れていたが、自分が背負っていた荷物は、こんなにも重かったのだ。

白蔵盈太著 著「桶狭間で死ぬ義元」P258

武田信玄・北条氏康…戦国を彩る名武将たちとの歪いびつな友情

武田信玄(作中では晴信)・北条氏康……彼らは戦国時代中後期の東国を彩った名武将たちですが、彼らはみな義元と同世代。隣国の敵であり、学ぶべき師でもあり、そして最大の味方でもあった人物たちです。

例えば、謀略に長けた武田信玄には相手の裏をかくような戦い方を、合戦に長けた氏康からは総大将としての振る舞いを、義元は学んでいきます。それは同時に、信玄・氏康の能力も高めることでもありました。彼らは、長い同盟関係・敵対関係を経て、互いに互いを名武将たらしめたのです

しかしながら、彼らはやはり戦国大名。いくら三国同盟といっても自家の繁栄こそが第一。義元は三国同盟の行く末に明るい希望を持ちながらも、ある人物を最期まで警戒していました。

義元が死の間際に警戒した人物は、頼った人物はどちらだったのか。存亡をかけて戦い合った名武将たちの少しだけ歪な友情がもう一つの読みどころです。

義元も晴信も氏康も、それぞれの相手に一度は煮え湯を飲まされている。拮抗した力量を持つ名将同士だからこそ互いに敬意が生まれ、侮りがたしという警戒心が、逆にこの上なく強い絆を生み出していた。

白蔵盈太著 著「桶狭間で死ぬ義元」P232

あとがき

最後に、本作は大きく2つの教訓が語りかけられるような気がします。

1つ目は、「人材育成を怠るな」ということ。桶狭間の後、今川家が完全に崩壊するのは寿桂尼が亡くなった後。つまり、義元の死後、台頭したのは次世代人材ではなく旧世代の人間でした。息子:氏真を育て上げられなくとも、雪斎の後継者や氏真を支える人材が複数育っていれば、歴史は変わっていたのかもしれません。(もちろん優秀な家臣もいましたが…)

2つ目は、「今を大切に」ということ。今川義元の人生は急変に次ぐ急変でした。長兄・次兄の急死により、家督を争う兄と殺し合い、願った僧の生活を失ったあげく、最期は織田信長の奇襲による突然の死。しかし、今川家最盛期を作り上げるなど、当主としての義元の生涯は必ずしも悪いものではなかったのだろうと思います。(そう思いたい…)

今が良い状態であればより今を大切にしようと、今が悪い状態であっても永遠に続くわけではないことを改めて感じ、日々の生活を少し明るくしてくれる作品です。

ちなみに、著者の白蔵盈太氏の前作「義経じゃないほうの源平合戦」はこちら↓でご紹介していますので、よろしければ合わせてご覧ください!

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