仲間を想い人間と仕事を愛した男 |「文豪、社長になる」門井慶喜著

歴史小説
つれづれ
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こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。このブログでは、実在した人物・出来事をベースとした小説を紹介しています。

文豪…文学や文章の大家。 きわだってすぐれた文学の作家。

大正時代から戦後に至るまで「文豪」と呼ばれながら、出版社の経営という道に進んだ人物がいました。今回ご紹介する小説の主人公であり、文芸春秋社の創業者「菊池寛きくちひろし」です。

今回は彼の半生を描いた作品、門井慶喜著 「文豪、社長になる」(文藝春秋社)をご紹介します。

「文豪、社長になる」はどんな本?

あらすじ

芥川龍之介や直木三十五、川端康成などの協力を得、菊池寛が発行した「文藝春秋」創刊号はたちまち完売する。読者が、時代が求めた雑誌は部数を伸ばし、会社も順風満帆の成長を遂げていく。
しかし次第に、社業や寛自身にも暗い影が。芥川、直木という親友たちとの早すぎる死別、社員の裏切り、戦争協力による公職追放、そして、会社解散の危機……。
激動の時代に翻弄されながらも、文豪として、社長として、波乱に満ちた生涯を送った寛が、最後まで決して見失わなかったものとは――。
「家康、江戸を建てる」「銀河鉄道の父」の著者による、圧倒的カタルシスの感動作

門井慶喜著「文豪、社長となる」文藝春秋 あらすじより引用

読みやすさ ★★★★★

単行本350ページほど、5つの章から構成される短編集のような作品です。各章をまたいで時間軸が多少重なり合いますが、章ごとにある程度テーマが決まっているため、手に取りやすい作品です。また、当時活躍した著名な作家たちがふんだんに登場するため、大正期の文壇を味わえる作品にもなっています。

「菊池寛」ってどんな人?

時に失敗し自分を見失いながらも、仲間を想い「人間」と「仕事」を愛した文豪
※作中の人物像です。

菊池寛(1888-1948)

現在の香川県高松市に生まれた菊池寛は、貧しい家ながらも勉強がよくできる子供だったよう。青年期には、東京高等師範学校(現在の筑波大学の前々身)、明治大学、早稲田大学、京都大学など、転々としながらも各大学に籍を置いたようです。恐らくこのころから、「遊び好き」の本領を発揮していたのでしょうか。

「文豪、社長になる」では、このころから菊池寛の人生を描きます。

その後の人生は、「文豪、社長になる」で描かれるため割愛しますが、芥川龍之介・直木三十五といった友の早すぎる死、仲間である社員の裏切り、徐々に言論が制限されていった戦争の時代と、時代は急激に変わっていきました。

本作では描かれませんが、こうした時代の中で東京市会議員を務めるなど、文豪として、出版社の経営者として、言論の自由には敏感だったようです。そして、晩年は公職追放によりライフワークであった文芸春秋社から離れることになりながらも、「多幸だった」とその人生を締めくくりました。

私は、させる才分なくして、文名を成し、一生を大過なく暮しました。多幸だつたと思ひます。死去に際し、知友及び多年の読者各位にあつくお礼を申します。ただ国家の隆昌を祈るのみ。

— 吉月吉日 菊池寛
(Wikipediaより)

「文豪、社長になる」おすすめポイント・読みどころ

ポイント

移り変わるものと菊池寛が持ち続けた変わらないもの

「変わりゆくもの」は、学友との関係性であり、菊池寛が生きた時代そのものです。

例えば、学友「芥川龍之介」は寛より先に小説家として売れますが、大衆文学の潮流を掴んだ菊池寛は芥川を遥かに上回るスピードでブレイク。この資金で出版社「文藝春秋社」を設立したことで、2人の関係性は学友・作家仲間から大きく変わっていきます。

また、菊池寛が生きた時代は、西洋化が進んだ明治→民主主義が進んだ大正→生活が制限された昭和前期と、大きく世が変わった時代でした。

こうした変化に伴い、菊池寛は徐々に自分を見失っていきます。経営者としての意識が強まったことで学友に対する扱いが無意識のうちに疎かになるわ、戦争を進める政府に迎合するような言動も…。

しかし、そんな寛を支えたのは創業時の想いを忘れなかった寛自身であり、「文藝春秋社」の仲間たちでした。彼らは年齢も役職も関係なく、寛を叱咤し、激励し、仕事を楽しみながら社を盛り上げていくのです。

若き作家を援け、畏友:芥川龍之介・直木三十五を想い、何よりも仕事と仲間を愛した寛。時代に世情に振り回されながらも、決して変わらなかった寛の想いが本作の読みどころです。

「いまじゃあ佐佐木さんも、正直言って僕たちも、菊池さんへ言いたいことは山ほどあります。恨み言もいっぱい言いたい。でもそれ以上に、なんて言うか、尊敬っていうかな……」
「尊敬じゃないのかね」
「楽しいんですよ。楽しいんだ、菊池さんと仕事していると。それだけだっ」

門井慶喜著「文豪、社長となる」文藝春秋 本文より引用

あとがき・読書体験

現代から想いを馳せれば、言論が不自由になるなど、寛の生きた時代はまさに激動の時代。

しかし、デジタル化、テレワークなど、現代もまた人間関係や社会のあり様が変わってゆく時代であることは間違いありません。今を生きる我々が、変わらずに持ち続けるべきものは何なのか、改めて考えるきっかけとなる作品です。

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