明治の外交を支えた夫婦と家族の絆 | 「朝星夜星」朝井まかて著

歴史小説
つれづれ
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こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。このブログでは、実在した人物・出来事をベースとした小説を紹介しています。

「朝は朝星、夜は夜星までいただいて働く」

今から約150年前。江戸時代の言葉ですが、意味は夜明け前から日暮れまで精を尽くして働くこと

今回ご紹介する小説は、この言葉通り、朝は朝星、夜は夜星まで働き、後に「西洋料理のパイオニア」と呼ばれた草野丈吉(1839-1886)を描く朝井まかて著「朝星夜星」

おれらの甲斐はほんのつかのも、食べとる人の仕合わせそうな様子に尽きる。その一瞬の賑わいが嬉しゅうて、料理人は朝は朝星、夜は夜星をいただくまで立ち働くったい

朝井まかて著「朝星夜星」P24

「朝星夜星」はどんな本?

✓あらすじ
時代:江戸時代末期~明治後期(1863/文久2年-1912/明治45年)

二百年続いた鎖国から目覚め始めた日本。「草野丈吉」は妻:ゆきとともに、長崎の地に日本初となる本格的な西洋料理屋 自由亭を開業。西洋のことを少しでも学ぼうと、幕末の志士が次々と訪れる。明治になった後も店は大きくなり、居を移した大阪で名声も得た後も、丈吉は “朝は朝星 夜は夜星” まで働き続けた。料理人として公に尽くした草野丈吉と、夫を支え見守り、自由亭の最期を見届けた妻:ゆきを描く。

✓読みやすさ:★★★★★
単行本500ページとずっしりとした文量に見えますが、50ページほどの短めの章に分けられている点や、妻:ゆきの視点のみで物語が進むなど、読みやすい作品です。物語としても、笑いや涙のシーンがほどよく織り交ざられており、あっという間に読み終えてしまう作品です。

「草野丈吉」ってどんな人物?

前に進むことをためらわず、料理人として”公”に尽くすことに突き進んだ人物
※作中の人物像を含みます。

草野丈吉(1839-1886)

現在の長崎県長崎市伊良林の農家に生まれた丈吉は、オランダ領事館の使用人として働き始めると頭角を現し、調理師としてオランダ船に乗り込んで修行をしたようです。

その後、24歳にして日本初となる本格的な西洋料理屋「良林亭」(後の自由亭)を開業。「朝星夜星」の物語はここから始まります。

ネタバレを避けるため割愛しますが、店名を「自由亭」に変更した後、世は明治へと変わり、丈吉も長崎から大阪へと居を移したうえで、ホテル業にも進出。明治天皇をはじめ国内外の賓客を招くなど「外交」の場にも使われる国内外から評判のホテルだったようです。

自由亭ホテル

また、作中で外交官:陸奥宗光は自由亭ホテルをこう語ります。

草野君、大阪に自由亭ホテルがあることは頼もしいよ。在阪の外国人の評判もひどくいいからね。彼らが自国に帰って記事や書物に著すんだ。それによって日本という国の印象は形成される

朝井まかて著「朝星夜星」P362

不平等な条約を結んでしまった日本が一等国の仲間入りを果たすために、草野丈吉は西洋料理を振舞う料理人として、日本の”外交”を支えようと奮闘した。熱き覚悟を持って「公」に尽した日本初の西洋料理人の生涯とは。

おすすめポイント・読書体験

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読みどころが多彩・豊富なため、とても悩みましたが…、2つに絞ってご紹介します!(本当はもっと紹介したい)

ポイント

① 丈吉・ゆき夫妻、そして家族の絆
② 懸命に仕事と向き合う凛々しき女性の姿

丈吉・ゆき夫妻、そして家族の絆

丈吉とゆきが夫婦になった年に開業した良林亭(後の自由亭)は繁盛を迎えるとともに、夫婦は早々に子宝に恵まれるなど、仕事に育児に目まぐるしい忙しさ。しかも、丈吉から見た妻:ゆきは家庭料理も全くダメと心配になる一方、ゆきから見た夫:丈吉は仕事中心の気難しい男に見えるなど、何とも前途多難。

しかし、自由亭での仕事をこなしていく中で、妻:ゆきは丈吉の料理や仕事への信念を通じて、丈吉に対する尊敬に似た想いを抱き、夫:丈吉にとっても店での仕事に慣れた妻:ゆきは頼りがいのある女将となっていきます。まさに、夫婦は自由亭での仕事を通して2人の絆を深めていくのです。

これは、夫婦が授かった子供も同じ。思春期を迎えたころに親子の衝突はあれど、幼い頃から働く親の姿を見てきた子供たちは、多かれ少なかれ親への尊敬の念を抱きながら育っていきます。

仕事とプライベートが別れることで、夫婦ですら互いの働いている姿をあまり見ない現代。現代ではあまり見なくなった「仕事」を通じて絆が深まる家族の姿が一つ目の見どころです。

「何年かかるかわからんが、やる」
すらりと笑っている。ゆきもつられて眉を下げた。
まったく、皆、この笑顔にやられるのだ。果てしない大望を生き生きと抱いて進むこの人に、男も女も助力したくなる。
「仕方なかねえ。お供しましょ」
自由亭の名に懸けて、共にどこまでも進みましょ。

朝井まかて著「朝星夜星」P327

懸命に仕事と向き合う凛々しき女性の姿

本作の舞台は幕末~明治初期は、実は「夫が外で働き、妻が家庭を守る」といういわゆる固定的な男女の役割思考が盛んに喧伝された時代。

そんな時代でありながら、自由亭を支えた女性たちがいました。丈吉の妹:よし、長女:きん、そしてやはり妻:ゆきです。彼女たちは女性の役割が喧伝される中で、自分たちの居場所を切り拓いた人物でもあったのです。

しかし、妻:ゆき・妹:よしは、この時代に喧伝された男女の役割に触発され、自由亭が軌道に乗った後、現場から身を引くこととなります。(丈吉の不器用な勧めもありましたが…)

これまで必死に積み上げてきた仕事への自負・自信がありながらも、彼女たちは「時代」という波に人生を絡めとられてしまうのです。理不尽な世の中で、必死に気持ちに折り合いをつけ、決して表には出さなかった知られざる彼女たちの苦労がもう一つの読みどころです。

男どもは己の志のままに突き進んでゆくのに、おなごは置き去りにされる。内助の功とやらに縛りつけられる。世間ではそれこそが褒められるご時世だが、当の本人はいかほど気持ちを折って畳んで奥歯を噛みしめていることか。

朝井まかて著「朝星夜星」P272

あとがき

朝井まかてさんの作品は、主人公たちの心情と景色が非常にリンクして描かれるところが特徴ですが、本作も妻:ゆきの心情とタイトルにもある「星」にまつわる情景(星空・流れ星など)が非常に印象的な作品です。

嬉しいとき、悲しいとき、祈るとき。朝は朝星、夜は夜星まで働き詰めた夫婦の傍らにいつもあった「星」。星空を見上げるとき、流れる星に祈るとき、日本の外交を支えた西洋料理屋の夫婦がいたことを、ふと思い起こしてみてはいかがでしょうか。

秋空を見上げれば、星が瞬いたような気がした。たくさんのことがあったけれど、星はこの世に降りて集い、巡り、そしてまた空へと散る。

朝井まかて著「朝星夜星」P507
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