
こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物・出来事をベースとした小説をご紹介しています。
今回ご紹介する小説は、植松三十里著「帝国ホテル建築物語」
描かれる人物は、帝国ホテル ライト館の建築に携わった3名の人物。
ここに建つホテルが、世界中から来る宿泊客の賞賛を浴びるのは疑いない。それは日本が世界の一等国になる証だ。日本の未来を象徴する建物だ。僕たちは日本人の希望の星を造るんだ。
植松三十里著「帝国ホテル建築物語」P233
「帝国ホテル建築物語」はどんな本?
✓あらすじ
時代:大正時代(1913-1923年/大正2-12年)
世界三大建築家のひとり「フランク・ライト・ロンド」が手掛けた帝国ホテル ライト館(2代目本館)。精巧な建築美から「東洋の宝石」と讃えられたライト館は、誇りと覚悟を胸に抱いた男たちが数多の障害を乗り越えることでようやく完成した。焼け野原の中で唯一そびえ立っていた日本人の希望の星「ライト館」ができるまでの壮絶な闘いを描く。
✓気軽に読める度:★★★★★
文庫385ページと文量は読みやすく、プロローグとエピローグを除き、林愛作・遠藤新の2人の視点から物語は綴られます。舞台であるライト館は今年2023年で開業100周年を迎えますが、昨年2022年にはライト館閉館後に建てられた3代目本館の建て替えを発表。今なお続く帝国ホテルの歴史の一端に触れる作品です。
帝国ホテル ライト館建築を進めた3人はどんな人物だったのか

ライト館に大きく貢献した人物は大きく3名。3名とも簡単に紹介します。
①林愛作(ライト館着工時の帝国ホテル総支配人/1873―1951)

タバコ卸の下働きでの知り合った村井吉兵衛の勧めで渡米したのち、そのまま現地のマウントハーモンスクールに入学・卒業。現地のニューヨーク山中商会に入社し、ここでフランク・ロイド・ライトとも出会います。
36歳にて転機が到来。渋沢栄一・大倉喜八郎の依頼により、帝国ホテル初の日本人支配人に着任。新館建設にあたって招聘したのが、フランク・ロンド・ライトでした。愛作の人生では、ここから帝国ホテル建築物語が始まります。
総支配人を辞任した後は、遠藤新が設計した甲子園ホテルの支配人、香港ホテルの支配人を務めるなど、ホテル事業を軸に幅広く活躍。ライト館完成後も、ライトや遠藤新との関係は続いたようです。
②フランク・ロイド・ライト(帝国ホテル ライト館の設計者/1867―1959)

近代建築の三大巨匠に数えられる人物で、若い頃より建築家・設計者としてのキャリアをスタート。「プレイリースタイル」という様式で名声を得るも、女性問題や不幸が続き、一度は表舞台を去ります。そんな最中に受けた依頼が、帝国ホテル ライト館の建築依頼。ライトの人生では、ここから帝国ホテル建築物語が始まります。
ライト館を手掛けた後は、祖国アメリカに戻り活動。70代になって代表作を手掛けるなど、その生涯を建築に魅了されつくした人物です。
③遠藤新(ライトの弟子・ライト館を竣工させた立役者/1889―1951)

福島県の農家に生まれた新は、東京帝国大学建築学科に入学。学生時代に建築された東京駅建築の批判を発表するなど、意気軒高な人物だったようです。卒業後は紆余曲折ありながらも、帝国ホテルの設計を引き受けたライトの建築設計事務所に勤務。遠藤新の人生では、ここから帝国ホテル建築物語が始まります。
帝国ホテルの完成を見届けた後、関東大震災で焼け野原となった東京の再建築に奔走。第二次世界大戦後は日本の学校建築の在り方への提言を行うなど、ライト同様、建築に心酔した生涯を送った人物です。
おすすめポイント・読書体験

「帝国ホテル建築物語」のおすすめポイント・読書体験をご紹介します!
託し、託され、伝播してゆく覚悟と誇り
難航する資材の調達、現場との軋轢、ぬかるむ土地、頭の固い経営陣など…ライト館建築には多くの障害がありました。
障害があればあるほど、携わる者たちに必要なのが「覚悟・誇り」ですが、この覚悟が出来ていなかった人物が総支配人:林愛作でした。進捗・予算ばかりを気にする経営陣、融通の利かないライト・高い要求に不満を持つ現場。愛作はこの3者の板挟み状態に陥り、徐々に着工当初に抱いていた想いを失っていきます。
そんな時に声をかけたのが、愛作の舅である長浜佐一郎。佐一郎は愛作にこう語りかけます。
現場は勢いが大事だ。だが君は及び腰だ。覚悟が定まっていない。それじゃ誰もついてこない。ライトさんを信頼するなら、信じきればいい。それで駄目だったら、君が腹でも切ればいいんだ
植松三十里著「帝国ホテル建築物語」P215
この言葉で強い覚悟を取り戻した愛作は、バラバラであった経営陣・ライト・現場を一度は纏め上げてみせるのです。
しかし、その後、更なる不運が帝国ホテルを襲います。
ネタバレになるため詳細は割愛しますが、林愛作が発した覚悟は、ライト・遠藤新へ託し託され、そして現場の職人・ホテルの従業員に伝播していくことで、ライト館を完成にまで至らせたのです。
――どうか、フランクを助けて欲しい――
植松三十里著「帝国ホテル建築物語」P323
さらに日本語で、強く言い添えた。
「頼むぞ」
新は深くうなずいた。
そして、これらの覚悟は、完成から44年後のライト館取り壊しが決まるその時も、ライト館に携わる者達の心を揺り動かし続けます。
仕事に限らずとも、何かを成し遂げようと挑戦するときの覚悟が胸に染みる作品です。
あとがき
託し託された人物は、愛作・ライト・遠藤新などの中心的な人物ばかりではありません。歴史に名を残さなかった現場の職人たちにとっても、彼らの覚悟、何よりも日本の希望の星たる「帝国ホテル」の建設に携わった”誇り”が胸に刻まれたことでしょう。
そして、こうした覚悟と誇りは、子・孫世代へと脈々と受け継がていくのです。たった100年前、親・祖父母世代が体現した覚悟を、歴史の重みとともに味わうことのできる作品です。
万が一、短い間になったとしても、あの場所に素晴らしいホテルがあったという記憶は、人の心に刻まれる。それが未来永劫、帝国ホテルの名を高めるだろう。
植松三十里著「帝国ホテル建築物語」P216