
こんにちは、つれづれ(@periodnovels)です。「日々のおともに手に汗握るもう一つの人生を」をテーマに、実在した人物・出来事をベースとした小説をご紹介しています。
今回ご紹介する小説は、 植松三十里著「家康を愛した女たち」
描かれる人物は、祖母・母・妻・友・孫など、徳川家康と縁を持った7人の女たち。
夢のままで終わるかもしれない。でも夢を見ましょう。そなたが最後のひとりまで勝ち残って、合戦なき世を作る夢を。なんだか、かないそうな気がしますよ。
植松三十里著「家康を愛した女たち」P43
「家康を愛した女たち」はどんな本?
✓あらすじ
時代:戦国時代後期~江戸時代初期ごろ(1560年ごろ~1647年)
戦国時代後期から江戸時代後期にかけて、徳川家康と縁を持った7名の女性が、時代の変わり目に、死の間際に、”徳川家康”という人物をとつとつと語ってゆく。祖母、妻、母、友、側室、孫の乳母、孫。大河ドラマで注目の徳川家康は、「家族」の中でどう生きたのかを女性の視点から描く作品です。
✓気軽に読める度:★★★★★
250ページ強と分量は少なめ、かつ各章の主人公である女性それぞれが、誰かに語りかける形で物語が進みます。作中で過去と未来が交錯することもなく読みやすい作品です。また、章と章の繋がりだけでなく、聞き手が誰かにも注目することで、より深く楽しめる作品です。
家康と縁あった7名の女たち とは
本作で登場する7名の女性は以下の通り。有名なのは、築山殿(瀬名姫)、北政所(寧々/豊臣秀吉妻)春日局あたりでしょうか。いずれも徳川政権の成立に大きな役割を果たした女性たちです。簡単に7名をご紹介します。

①華陽院(1492~1560)
家康の祖母にあたる女性(家康の祖父:松平清康の妻)。戦国時代中期を生きた人物で、家康が駿府での人質だった青年期に共に過ごしています。
②築山殿(瀬名姫/生年不詳-1579)
家康の駿府での人質時代に正室(妻)となった今川家ゆかりの女性です。桶狭間の戦い後、今川家と敵対したことにより運命が変転し、一般的には「悪女」の印象が強い人物です。
③於大の方(伝通院/1528-1602)
家康の生母にあたる女性(家康の父:松平広忠の妻)です。特に織田家の動向に翻弄された人物ですが、関ケ原の戦い後には天皇へ拝謁するなど、活動の幅が広い女性です。
④北政所(寧々、高台院/生年不詳-1624)
豊臣秀吉の妻であり、秀吉の死後、家康の盟友でもあった女性。秀吉との間に子はいませんでしたが、秀吉の立身出世を支え続けた凛々しい女性です。
⑤阿茶局(雲光院/1555-1637)
家康が最も頼った側室とも言われ、女性ながら幾度も戦に参じたうえに、大坂冬の陣での交渉役も果たした現代で言うキャリアウーマンな人物です。
⑥徳川和子(東福門院/1607-1678)
徳川家康の孫(2代将軍:徳川秀忠の娘)であり、後水尾天皇の妻。徳川家と朝廷の橋渡し役を務めた人物です。
⑦春日局(斎藤福/1579-1643)
明智光秀の重臣:斎藤利三の娘で、3代将軍:徳川家光の乳母を務めた女性です。江戸城多くの礎を築いき、阿茶局と同様にいわゆるキャリアウーマンな人物です。
おすすめポイント・読書体験

「家康を愛した女たち」のおすすめポイント・読書体験を2つご紹介します!
① なぜ家康は “合戦なき世” を目指したのか
② 家族から見た天下人 徳川家康
なぜ家康は “合戦なき世” を目指したのか
第一章で家康が祖母:華陽院へ語る自身の境遇は、幼い頃に家族と過ごせなかったという思い出。彼が忍耐の人と言われる所以でもありますが、織田家で過ごした幼少期の人質生活では両親とともに暮らすことはできませんでした。
しかし、今川家での人質生活では比較的待遇がよく、祖母:華陽院や年の近い三河出身の小姓らとともに青年期を過ごします。家康が目指した ”合戦なき世” の理想は、人生で初めて血縁のある家族と過ごしたこの時間から生まれたのです。
なぜ、彼は合戦なき世を目指したのか。そのために、なぜ妻:築山殿を、嫡子:信康を切り捨てることを選んだのか。今なお戦争が続く世だからこそ読者の胸に響く、徳川家康が幼少期~青年期にかけて芽生えさせ、一生をかけて貫いた想いとは。
武士は名誉を何よりも大事にします。卑怯者と呼ばれるくらいなら死を選びます。でも大御所さまは、みずからの名を汚しても、乱世を終わりにするくらいお覚悟であったのです。
植松三十里著「家康を愛した女たち」P180
家族から見た天下人 徳川家康
勢力=一族でもある戦国時代~江戸時代。勢力が大きくなるにつれて、”家・一族”のために家族(一族)に強いる負担は大きくなっていきます。例えば、徳川家康の妻にふさわしいものは誰なのか(築山殿)、徳川家の娘としてふさわしい嫁ぎ先はどこなのか(徳川千/徳川和子)、次の将軍になるべき人物は誰なのか(徳川家光)、など。
こうした徳川家康の家族たちは、家康が理想とした ”合戦なき世” において、ある意味で犠牲になった人物でもあります。
しかし、そうした人物たちに、家康は家族としてできるだけ温かく接します。(必ずしも全員にではありませんが…)家族に負担を強いる天下人だからこそ、夫として、父として、祖父として、家長として、家康は負担をかける家族へできるだけの思いやりをかけていくのです。まるで、祖母や母から受けた愛情を渡していくかのように。
時に冷酷でありながらも、家族の温かさがそっと寄り添ってくる作品です。
大御所さま(徳川家康)には、窓にあたる姫さまたちですし、何かと気にかけておいででした。おふた方の父親を切腹に追い込んで、親なし子にしてしまわれたのが、悔いだったのでしょう。
植松三十里著「家康を愛した女たち」P167
大御所さまは武将には珍しく、そういった女子供のことに気を配る方なのです。ご自身が人質に出て、幼いころから苦労されたことが、大きかったのだと思います。
あとがき
本作で描かれる7名の女性のうち1名だけ、徳川家康を恨んで死んでいく人物がいます。
そう、築山殿(瀬名姫)です。(2023年大河ドラマ:どうする家康では、有村架純さんが演じています)
時代の変転に適応しようとした家康と異なり、彼女は家族・夫婦は変わらないものと信じていたのだと思います。しかし、彼女に突き付けられた現実は、勢力図の変化とともに、家族・夫婦も変わらざるを得ないという非情なものでした。
それに徳川家康の妻殺しとは。人の口には戸は立てられぬし、あの人が、どれほどの人物になっても、この汚点は消えぬでしょう。あの人が偉くなって、歴史に名を残せば残すほど、この非道も残るはず。
植松三十里著「家康を愛した女たち」P88
そう思うと、心弾むくらいです。私は殺されることで、あの人に仕返しができるのだから。
このことは、恐らく今を生きる我々に突き付けられている時代の変化も変わらないのだと思います。親世代と子世代の価値観が合わなくなってしまうほど、変化が早い現代。改めて、「家族」という言葉、そしてそのあり方と向き合いたくなる一作です。